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長澤まさみファンを装った二中ヲタの日記です 日々の妄想を語っていきます

気付いた~んだ~♪

五中の「Gifts」にかなり時間を割いて記事を書いてきたので、難解な自由曲は聴いてないんじゃないか、そう思われる方もいるかもしれない。
「Gifts」は「プレゼント」並みに秀作だと思っているのでそれなりに、いやそれなりどころの騒ぎではなく、寝てる間にも五中生が耳元で歌っているような錯覚を覚えるほどに聴き込んだ。
作品自体の魅力もあるが、何と言っても五中の名演奏あってこその「Gifts」であって、他校の演奏であればここまで熱中することはなかったと思う。
二中「Gifts」も私好みの演奏で、聴きまくったのは確かだが、比率としては五中7、二中3くらいだったような気がする。
だったと過去形で書いたのは、レビュー記事を書くにあたって当然五中の方を聴く機会が多かったためで、これからは二中の比率も上がるはずだ。
両校ともに数限りなく再生したことは間違いないが、同時に自由曲の方も課題曲ほどではないにせよかなり聴き込んだつもりである。
比率でいうと、そうだなあ、課題曲7自由曲3くらいだろうか。
自由曲は好きで聴いたというより、課題曲に耳が疲れた時の休息の意味で聴いていた部分もある。
だから心落ち着く宗教曲は一服の清涼剤になったが、二中の「風見鳥」は清涼剤どころか、むしろ精力剤を飲まされたようで、耳と気持ちはシャンとするのだが、聴き終わった後は疲れてしまうのが常だった。(笑)
「風見鳥」はよく知っている曲なのでそう緊張するはずはないのに、曲調そのものに緊張を強いる面があって、私も条件反射的に耳をこわばらせたせいかもしれない。
前置きが長くなったが、五中の自由曲について書く。
課題曲に大感激した分、自由曲のプーランクはいささか退屈するんじゃないかと心配していたが、まったくの杞憂だった。
決まって眠くなるはずの宗教曲も、妙なる調べで聴かされると、眠くなるどころか、課題曲から一変して静けさが画面いっぱいに広がり、緊張感さえ漂ってくるようだった。
無伴奏だったのがかえって良かったのかもしれない。
マ~ジ ♪ 何がマジなのかさっぱりわからなかったし、そもそも何語で歌われているのかさえ掴めなかった。
そのうちにはラテン語で歌ってると気付いたが、どのみち私に理解できるわけはないので、ひたすら声と奏でられる音に集中して聴いていった。
日本語曲でないと、どの箇所が良かったとか、具体的に歌詞で示せないのが厄介である。
今回はネットで歌詞を調べたのでそれをここに記す。

「Videntes stellam (星を見て)」
Videntes stellam Magi, gavisi sunt gaudio magno
賢人達は星を見て歓喜に溢れ
et intrantes domum obtulerunt Domino aurum, thus, et myrrham.
そして家に入って主に黄金、乳香と没薬を捧げなさった

私なんか日本語訳を見ても意味不明なのだから困ってしまう。
Videntes はどことなく Video に似てるからビジュアルで見るという意味なのかもしれない。
stellam はステラに似てるから星のことかも。
Domino は主ということだろうが、マ~ジ ♪ の magi とはなんぞや?
マギーじゃないのか?タレントにマギーっていたよな、あとマギーブイヨンとか。(笑)
もしかすると、万能とか賢いとかそういう意味ではないか?
とするとマ~ジ ♪ は賢人を意味するのか?
intrantes はエントランスに似ているから入るという意味なのか?
それと訳の黄金はまだわかるとして、(たぶん金そのものか金貨のこと)
乳香? 没薬? もう、なに言ってるのかmajiわからないんですけど。
こんなの歌って楽しいか!だんだん怒りがこみ上げてくる。(笑)
それでもやはり声の魅力というのは曲そのものが持つ力を超えて耳に響くものだ。
ソプラノが天から降ってくるような美しい高音を毎年のように響かせている。
明鏡止水と表現していいくらい清澄感のある高音が特徴で、特にオブリガートの美しさは天下一品である。
今年「Gifts」冒頭で響かせたオブリガートを聴けば得心がいくはずだ。
私自身意外な気がしているのだが、今年のソプラノは何というか声が可憐なのである。
勘違いしてもらっては困るが、何もローレライの顔を見て可愛い声だと思ったわけではない。
天使の声であるのは例年と変わりはないのだが、今年は等身大のティーンエイジャーの声も聴こえてくるように思うのだ。
もちろんそれは地声が混ざっているとか高音部は喉が締まって苦しそうだとか、そんな意味ではまったくない。
アルトと男声があまりに大人の声になりつつあるからそのコントラストでソプラノが余計に可愛い音色に聴こえる、うーん、そうであるような、ないような・・・。
話は変わるが、県コンクールの音源を聴いて私は、今年の二中の声はどこかこれまでと違うようだと書いた。
「これは演奏上の欠点ではないが、強いて言えば、少なくとも3年前には感じられた中学生の可憐さ、脆さがなくなったことか。声は立派だが極めて自然体でそれでいて圧倒的な合唱、一言で言うとそういう印象である」
これは九月初旬の記事だが、録音の影響もあるから一概には言えないがとちゃっかり言い訳もしている。
私が抱いた二中への違和感、それが何なのか2ヶ月あまり考えてきたが、五中のソプラノを聴いていてハッと気付いた。
私が理想と思うソプラノを、今年は二中ではなく五中ローレライが担っていたんだということを。
清澄感、透明感だけではなく、ティーンエイジャーならではの可憐さや脆さがその歌声から聴こえてくるのである。
もちろんこれが後付けの理屈であることは否定しない。
実際2ヶ月考え続けてようやくたどり着いた結論なのだから。
だから私はこれほどまでに五中に夢中になれたのかもしれない。
素晴らしい表現力や魅力ある低音に惹かれたというのもたしかにある。
しかし私を最も惹きつけたのは、実はソプラノの声質だったのではないか、繰り返し歌われるソプラノの Videntes stellam ♪ を聴いてそんなことを思ってしまった。
誤解のないように書いておくが、二中から可憐さが感じられなくなったというのは決して悪いことではないし、もちろんレベルが云々というようなことではない。
私の耳にはそう感じられたということに過ぎないし、私自身はむしろ、そこに二中の成長を感じているのである。
今年は例年以上に3年生が主体となっていたというのも、大人びた声に聴こえた要因のひとつかもしれない。
可憐さ危うさが感じられないということは、安定した歌声を届けることが出来るということも意味するはずだ。
だから私はこれからの二中が楽しみなのである。
上級生が少なくなって再び可憐で脆さも感じさせる歌声を響かせるのか、あるいは下級生主体でも安定感のあるしっかりした歌声を届けてくれるのか、そこに二中の意図があろうがなかろうが、私は彼等の歌声を聴きたいし、さすがは我が二中だと心の中で胸を張りたい。
自由曲レビューがあっちこっちに話が飛んでしまってわけがわからなくなってきた。(いつものことですが)
五中を聴きすぎた反動なのか、少し二中への里心が湧いてきたように思う。(笑)
長引きそうなので今日はここまでにするが、思いのほかプーランクは聴きがいがあったので続きはまた書かせてもらうつもりだ。
二中の課題曲自由曲のレビューもまだだし、楽しいんだけれど、掛け持ちはけっこうつらい。(笑)

長崎はソロもあの子だった

昨日の記事で私は全国の国立大学附属中学校10校を確認したと書いたが、岩手大学附属中学校を忘れていた。
東北ブロックのカテゴリーで考えていたためというのと、岩手大附属のデコ出し状況がビミョーだったことも失念につながったのだと思う。
というのも2名はデコ出しではなく、しかもその2名があたかもデコ出しの掟に背いてバツとして後列隅に追いやられているようにも見えたせいでもある。
気の毒に思った私は、岩手大附属をほぼデコ出し中と認定せざるを得なかった。
岩手大附属を含めブロックコンクールに出場した全国の国立大附属中学校11校のうち、群馬大附属を除く10校がおでこ丸出しでオンステしているというのが正しい。
どうでもいいことだろうが訂正しておく。
これから書く長崎大附属も完全デコ出しではなく、ほぼデコ出し中学であることを最初に断っておきたい。
それもどうでもいいか?

長崎大附属のアイドル部員は自由曲でもスターだった。
美貌に加え、ソロを担えるだけの実力者とくれば、そりゃNHKだって集中的に写したくもなるだろう。
念のためNコンアーカイブスで、昨年一昨年の課題曲を確認したところ、「結」の時はまだ姿がないようなので(私が探しきれていないのかもしれないが)、現在2年生のVIP部員なのかもしれない。
九州沖縄ブロックに3年間の演奏が残っているということは、私が知らないだけで、長崎を代表する合唱強豪校なのだろう。
今年夏の県コンクールの音源を聴いて自分がどんな印象を持ったのか、ちょっと2ヶ月前の記事を読み返してみた。

★長崎大学教育学部附属 混声
女声男声とも明るい合唱
リズミカルなGiftsは課題曲にふさわしい演奏
女声トップの伸びが今一つのところがあったのが惜しい

小禄中学校の演奏に感激したこともあって、鹿児島大附属と並んで課題曲のポップス感をよく出せていたという印象しか記憶にないが、もし映像付きで審査をしていたら、私のことだ、たぶんぶっちぎりで金賞を受賞させたに違いない。(笑)
もし今2年生で来年部長としてNコンに登場してくれたら、私の清き一票は必ず長崎大附属に投ずることを約束する。
久しぶりに合唱美少女を拝ませてもらった私は、ふと、二中にも超絶美少女がいたことを思い出し、10年前の映像を引っ張り出して見てみることにした。
何年ぶりかに見る新垣カオルさんはぜんぜん大人になってなくて、ちょっとしたデジャブ感があった。(笑)
これまで二中を筆頭に何人かの合唱美少女を見つけてきた私も、新垣先輩は別格、貫禄が違うと思っている。
改めて彼女が二中のレジェンド部員だったことを再認識させられた。
二中合唱にハマり始めた頃、ローレライという言葉を思いついていたら、きっと私は、新垣カオル改めローレライと命名していたはずだ。
たとえ長澤まさみに似ていようと、レジェンドには伝説の名が相応しいからだ。
私の自己中的自己満足に過ぎないことはわかっているが、少しだけ悔やまれる。
あぁ 長崎の 長崎の女(ひと)♪ という歌があるが、私は、あぁ 福島の 郡山の女~♪ と口ずさんでいる。(笑)

        
      平成の世に生まれていたら会津の名テノールとして名を馳せ
      福島の合唱勢力図も変わっていたかもしれない

どうすりゃいいのさ思案橋

国立大学附属中学校は、デコ出しでオンステすることを各校で申し合わせているんじゃないか、そう思うほどデコ出し率が高い。
私はいい機会だからとブロックコンクールの映像を基に調査を開始した。
横国大附属、群馬大附属、信州大附属、福井大附属、神戸大附属、島根大附属、大分大附属、長崎大附属、宮崎大附属、鹿児島大附属の10校である。
結論としては、申し合わせはしてないが、事実上申し合わせを行っている。
(なんじゃそりゃ!)
というのも、群馬大附属を除いた9校はバッチリデコ出しを決めているからである。
中には1、2名デコ出しじゃない子がいる学校もあるが、ほぼデコ出し校と認定した。
なぜ群馬大附属だけ例外なのかはわからない。
医療事故を起こした大学だから仲間はずれにしたということはないと思う。(笑)
そのくらい群馬大附属だけは雰囲気が違う。
県コンクール音源を聴いて、関東甲信越ブロックの中では横国大附属と信州大附属が好きな演奏だと思っていたが、ブロックコンクールの映像を見て少しがっかりしたというのも正直なところである。
決して音楽性とか演奏が嫌いというのではなく、見てくれが自分の予想と違っていたからだ。
体操してるのかと思うほど騒がしく歌ったり、気色悪いくらい思い入れたっぷりに歌っているのを目の当たりにして、一挙に熱が冷めてしまった。
聴くだけにとどめておいたほうが良かったようだ。
反対に群馬大附属は、ブロックコンクールを観て好きになった学校だった。
音源はサビ部分のみ1、2度聴いただけでちゃんと聴いたのはブロックコンクール映像になってからである。
グレーの防弾チョッキを着けているのが印象的で、何よりほとんどの生徒がデコ出ししてないのがいい。
メガネ女子の含有率が高いのもポイントで、いずれコンタクトに変えればガラッと印象が変わる。
オリーブ然り、委員長然りである。
演奏も、よく聴いてみると、” あなたを導く夢はある ” ” あなたの生きてく意味はある ” を五中のようにちゃんと繋げて歌っているし、女声男声ともに独特のクセみたいなものがないのがいい。
ただ声が細いというか、もっと声を張って歌っても良かったんじゃないかと思った。

デコ出し確認中、別件で面白い事実を発見した。
長崎大学附属中学校にはアイドルがいるようで、彼女を狙うカメラワークが非常に面白い。
Nコンは基本的にカメラ割りが決められていて、演奏時間内に出来るだけ全員が映るよう、演奏のある部分になったらカメラを切り替えたりするのが通例なのだが、長崎大附属だけはひと味もふた味も違うカメラワークで彼女を映しているのだ。
例えば東北ブロックの二中でも、一部の美形部員あるいは主力部員がアップで映されることはあっても、その子だけに集中して撮るということはない。
ところが長崎大附属のアイドルだけは完全にお気に入りとして撮影されているのだ。
ここで特定せずとも見れば一目瞭然なのだが、前列左から◯番目の子である。
繰り返して言うが私はデコ出し状況把握のために見ていたのであって、個人的に全国合唱美少女探しをしていたわけじゃないことは強く言っておきたい。
カメラワークが彼女の存在を教えてくれたのだ。
あえてここにリンクを張ったりはしないが、興味ある人は見て欲しい、凄く可愛いから。
いや違った、カメラマンの依怙贔屓がはっきり見て取れるから。
いつか眩いあなたに気づくといいね ♪
アイドル登場、ここでカメラマンあるいはディレクターはある決意を固めたと思われる。
あなたに誇れる愛はある照らしてみせてよ~ ♪
九州沖縄ブロックの場合、ここはソプラノ全体が映る。
ただ長崎大附属の場合、明らかにアイドルを中心に撮ってるのがミエミエだ。
ああ辛く悲しい痛みがあるからやさしくあれる~あなたの光はみんなを癒やしてく ♪
他の学校はカメラが右から左へパンして部員全員を映していくが、アイドルのいる学校は違うのだ。
一旦カメラは切り替わるもののパンなどせず、再び前列3人を中心に撮影、おまけに癒やしてく ♪ まで彼女が画面から外れることはない。
彼女もカメラを意識し始めたのだろう、癒やしてく ♪ あたりになると、これまで指揮者先生を見ていたのに完全にカメラ目線になっている。
今日もあの月のように ♪
ここは指揮者先生が映る。
人の波を進む帰り道は ♪
今度はツーショットのアップで再びアイドル登場。
他の学校の時はこんなアップはない。
その後も何度か映るがカメラ割りそのものは他校とそう変わらない。
ただ明らかに、なんとしても彼女を映してやろうとするNHKの意図、魂胆が透けて見えるのだ。
もちろん私的にはグッジョブ!なのだが、放送終了後、不公平な撮り方すんなとクレームが来たんじゃないかと思う。
それにしても一体どういう子なんだろう?
ソプラノとアルト両方歌ってたから、部長級の主力選手なのかもしれない。
単にテレビ映えするから映したのか、それとも地元じゃ有名な中学生だったりして。
課題曲でこれだけ楽しめたのだから、まだ見てない(完全に聴く気はない)自由曲も期待が持てそうだ。(笑)
おっとその前に第84回、第83回もチェックしておかないと。
こんなことやってるからいつまでたっても二中のアンコンレビューは書けず、アンコン予想なんかいつのことになるやら・・・
面目ない。


見え過ぎちゃって困るの~♪

「プレゼント」の時もずいぶん夢中になったが、「Gifts」はそれ以上に入れあげていると自分でも思う。
去年一昨年と、Nコンにあまり関心がなかったせいだろう、NコンHPに審査員の講評が載ることをスッカリ忘れていた。
成績上位組、中でも五中の講評については穴が開くほど読み込んだ。
今日は講評内容について賛成点と断固反対点を明確にし、私の考えを述べたいと思う。

課題曲「Gifts」 ・は審査員コメント ◎は私

・下弦の月が見えるような、明るく美しい歌い出し…とってもステキでした。
日本語も丁寧にかつ熱い情熱を持って語られていて感動的でした。
最後の祈るような表現、心にしみました。

◎とても感性豊かな審査員ですね。このような方に審査していただいて嬉しく思います。

・シットリとした音色が曲の前半では良くマッチしていました。
フレージングもとてもデリケートに素敵に作っていました。
「春も夏も」あたりからもっと生き生きとしたノリが出て欲しかったです。
音色も常にシットリでなく中学生の若さ、元気さが伸びやかに出ると良かったですね。

◎ちょっと後半なに言ってるのかわかんないですけど・・・。
「春も夏も」あたりから元気よく歌えってなに言ってるんですか!
五中は精一杯元気印で歌ってましたし、他校の演奏聴いてもそれほど差はないですよ。
中学生の若さ、元気さが伸びやかに出てないとのご指摘ですが、五中はあれでいいんです!
もしかしてマエストロを批判なさってるんでしょうか?
上から押さえつけられているイメージがあって、もっと生徒の自主性を感じさせる表現をせよと、そう仰っしゃりたいのでしょうか?
過去の課題曲をお聴きになればわかると思いますが、今年は例年ほどシットリしておらず、いいバランスで明るさや元気さも感じさせる演奏だったと確信していますが、もっと弾けて歌えというご指摘なら、それに相応しい楽曲を用意してくださいとこちらから注文をつけさせていただきます。

・言葉に対するアプローチに工夫があり、上質な芸術作品を聴いているような趣がありました。
一方で、それらの表現の工夫がこの曲のポテンシャルを超えているようにも思えました。
工夫したことが「見えてしまう」とでもいいましょうか。
若い輝きや、若さゆえの未熟さ・葛藤といったものの表現というよりも、「青春を通り過ぎた大人の達観のような表現に聴こえた」ように思います。
課題曲のレベルに合わせて子どもっぽく歌ってほしいというのではなく、素材の旨味だけでも十分に上質でナチュラルな音楽が出来上がるのではないかと思いました。

◎このコメントがもっとも考えさせられた。
表現の工夫が「Gifts」のポテンシャルを超えてって、中学生がポテンシャル超える演奏しちゃイカンでしょう。(笑)
考えようによっては最高の褒め言葉のようにも取れるが、曲の解釈を深読みしすぎであると、審査員は「見えてしまう」という表現で指摘をされているのかも。
「青春を通り過ぎた大人の達観のような表現に聴こえた」
私は4、5年前にそのことに気付き記事にも書いたように思う。
五中の課題曲は中学生の青春賛歌ではなく、大人の回顧合唱であると。
そしてそれは良い悪いではなくその学校の個性であるとも。
その考えは今も変わっていない。
過ぎ去った青春を振り返り、懐かしさとともにほんの少し苦い後悔のような思いを歌詞と旋律に託して歌う、いや、歌わせると言った方がいいかもしれない。
それゆえにこの審査員のように「大人の達観」と感じる向きもあるのだろう。
しかし、たとえば作詞作曲者の越智志帆にしたところで、人に言えない自身のコンプレックスや様々な悩みを抱えて過ごした青春時代を振り返ってこの曲を作っているわけだし、各学校の指揮者、指導者、あるいは審査員自身にしても、みんな己の過去を心の何処かで思いながら演奏を聴き、中学生らしいとかそうでないとか感想を抱くのである。
中学生が主役の歌を当の中学生ではなく、大人が作り、大人が指導し、大人が審査しているのだ。
つまり大人が、大人の思い描く中学生像をリアル中学生に歌わせているのである。
「若い輝きや、若さゆえの未熟さ・葛藤といったものの表現」を欲しいと願うのは大人だからである。
大人だからこそこれらのことが貴重でかけがえのないものだとわかるのだ。
ティーンエイジャーが実感できるのは葛藤くらいのものだろう。
だから私は、五中が青春回顧合唱をしても驚かないし、またその方向性が間違っているとも思わない。
それに今年に限っては、これまでの課題曲と比べるとかなり青春賛歌の表情を見せていたように思う。
” あぁ ” の表現ひとつとってみても、課題曲の表現については生徒たち自身でよくよく検討し、例年よりも生徒たちの意見を取り込んだんじゃないかというのが私の想像だ。
「課題曲のレベルに合わせて子どもっぽく歌ってほしいというのではなく、素材の旨味だけでも十分に上質でナチュラルな音楽が出来上がるのではないか」
課題曲、バカにしてんのか?(笑)
五中合唱部の声と表現力を持ってすれば、過剰なスパイスは無用で、表現は生徒自身にまかせていいのでは?という提案なのかもしれない。
この審査員のコメントについては賛成しかねる点もあるが、概ね、的を射た実に良い指摘だったと思う。

・深みと温かみのある響きで、豊かな表現ができていました。
「あぁ」の歌い分けも、意図を感じられました。
クレッシェンドのまえにボリュームを落とした時、言葉も一緒にひっこんでしまったかな、と感じました。

◎言葉も一緒に引っ込んでしまったかなとは感じませんでした。

・中学生の混声合唱としては、相当な完成度と声の充実度でした。
息の流れが自然であり、「ア」母音の発音がとても美しく、この曲中に出てくる「ああ、」という表現がすごく多彩で、テキストを大事にされているのが本当に嬉しかったです。
ドラマがありました。あえて気になったところを挙げるとすれば、G のところ。「軽快に」という指示がありますが、少し伴奏のスタッカートを踏襲しすぎたのではないでしょうか?
おそらく転調するエネルギーを生み出す部分なのではないか、と思うのです。
にしては、文章として表現がスタッカートによって薄まってしまったかな、と。
それと83 小節の「いきてく、いみはある」というように少しだけ分けた方が「意味」という言葉が聞き取れたかな、と思いました。

◎楽譜がないのでGの箇所が不明ですが、伴奏のスタッカート部分というと、” 春も夏も秋冬も ” 辺りのことか?
伴奏に合わせ小刻みな演奏になってしまったという指摘なのかもしれない。
なっつも~ ♪ とポップスらしさを演出してみたりしたのですが、悪かったですか!
豊島岡だって似たように歌ってるじゃないですか!
「文章として表現がスタッカートによって薄まってしまった」
文頭に「にしては」などと書く人間が、” 文章として ” とか、”生きてく 意味がある ” の講釈をたれているのがチャンチャラおかしい。
言葉を大事にするはずの合唱関係者が平気でこういう言葉遣いをするのである。
美しい日本語などというのはもはや都市伝説であるという私の意見もそう間違ってはいないはずだ。
前に書いたようにここをレガート気味に歌うのは五中のセールスポイントだと私は思っている。
” 生きてく意味はある ” のみならず、 ” あなたに誇れる愛はある ” ”あなたを導く夢はある ” もすべて歌詞の通り、繋げて歌うのが正しい。
” 意味 ” はしっかり聞き取れたし、もし聞き取れなかったら己の耳をまず疑うべきだ。
まぁ、一応褒めてもくれているので今回は許す。

自由曲「クリスマスのための4つのモテット」から
星を見て/今日キリストは生まれた 

・課題曲同様、美しい星空が見えるような歌い出しに引き込まれました。
皆さんの演奏は、まず音が物を言っています。
音像、響き、音楽の流れ…これらが雄弁に音楽を語っています。
本当にすばらしいです。
願わくば、ひとりひとりが、もっと見えるような演奏も聴いてみたいです。

◎この審査員は素晴らしい!(笑)

・音質が中学生ばなれしている。
バランスの良いとても素晴らしい混声合唱でした。
いつもながら男声パートの声作りが素晴らしいです。
音色のバラエティーがもっと出てくると良いですね

◎まあいいでしょう。(笑)

・合唱団の才能が十分に発揮された素晴らしい演奏でした。
生成りの美とでもいいましょうか。
欲を言えば、amoroso 的な、感情のあふれるさまが見えたら、と思いました。
素晴らしい音楽を今後もお続けになってください。

◎すみません、なに言ってるのかわかりませんが。
生成りの美というのは熟する前の美と解釈すればいいのでしょうか?
いやらしい。(笑)
ふくすまの純朴な娘っ子らしい、純粋で美しい声でした、という意味かも?
ところで、「amoroso的な」とはなんぞや?教えてくんちぇ!

・曲と声の響きがマッチしていて、いい雰囲気が出ていたと思います。
安定感のある演奏でした。
曲種によって、響きやサウンド感に幅が出ると、さらに多彩な表現ができそうだなと思いました。

◎仰る通りですね。

・プーランクの素敵な作品を中学生が見事に演奏されていましたね。
特に男声の頑張りは本当に賞賛に値します。
気になったのは、2曲ともに歌い出しです。
なんでもそうなのですが、最初の印象はとっても大事。
1曲目の歌い出しは少し緊張したのか、それとも怖かったか。
課題曲での落ち着いた色から、少し固さが見えましたし、2曲目の方はアルトさんがやや、張り切りすぎたかな?という印象。
音程が広いというか、音の幅が広く感じて、正確なメロディが聞き取りづらかったです。
でもそれ以外は、発声がいいので全く破綻することなく、最後まで安心して聴かせていただきました!

◎音の幅が広く感じる、こういう感覚は素人の私にはわからない。
専門家の表現はサスガだと感心する。
まさか課題曲のトンチンカンコメントした人と同じ?
アルトに ” さん ” なんて付けてるからそう思ったのだ。
組織団体にさん付けはおかしいと私は思っているから違和感があった。
NHKさんとか二中さんとか、頭おかしいのかと思う。(独り言)
しかし具体的な指摘をしてくれるコメントは参考になるし有難い。

的外れだろうとなんだろうと、人の批評を批判するのは面白いなぁ。
人としてどうかと思うけど。(笑)


下弦の月があんなに輝くように

久しぶりにNコン♪HPを見てみると、一週間も前にブロックコンクールの動画がアップされていた。
何だかすごく出遅れた気分だが、全国大会が終ってすでに1ヶ月近く経ち、いまだ牛の反芻のごとく楽しませてもらってるわけだから文句を言えた義理ではない。
県コンクールの音源を聴いて興味を持った学校のイメージが、実際のステージ映像を見ることによってより鮮明になったし、一段と身近に感じられるようになった。
私が関心を寄せた何校かは、いずれもだいたい想像通りというか、もちろん、デコ出しばっかりじゃないかとか、身振り手振りの大きい団体だったんだなとか、予想もしなかったことはあったものの、演奏そのものは音源を聴いたイメージとほぼ一緒だったと言っていい。
これだけあれば、当分の間、全国の学校の演奏を楽しめそうだ。
今日は、「下弦の月があんなに輝くように」の歌い方の違いを動画に編集したのでそれを見ていただく。
なぜこの動画なのか、私が何を言おうとしているのか、たぶんわかる人にはわかると思う。
今日は動画だけ、コメントは次回。

            動画:「下弦の月があんなに輝くように」9校の違い