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アブクのようなカゲロウ

2010年12月23日 19:46

「ハナミズキ」を買うため書店に立ち寄った。

いいトシこいて恥ずかしいが、急に新垣カオル結衣のことが気になって、原作を読んでおこうと思ったからである。

麻木久仁子に刺激されたせいか、ついでに漢検準1級と英検2級の問題集も購入。

漢検2級を立ち読みで挑戦したが、8割がた大丈夫。

しかし英検2級、これが難題だった。

見たことのある単語ばかりが並んでいるのだが、いかんせん勉強したのは何十年も前の話。

高卒程度の英検2級、松田聖子が英検2級、松田聖子でも・・・

そう思いチャレンジするも全然思い出せない。

自分のアホさ加減に腹が立ってとうとう1冊購入。

ちなみに英検3級の方は難なくクリアー。


図書カードで支払い手続き中、ふと横を見ると、話題になっている水嶋ヒロの「KAGEROU」がある。

今日は3冊買ったから大威張りで立ち読み出来ると思い、ソファー席に移り「KAGEROU」のページをめくった。

とにかく字が少ない、読みやすそうというのがファーストインプレッション。

あらすじを追っていたが、馬鹿らしくなって読む気が失せた。

なんだこれは?

よくある安っぽいファンタジーで、作者のいう “命” を扱った作品とは到底思えないほど浅い。

我慢して半分以上読んでみたが、予想以上の駄作であり、話題作りのための大賞受賞だったことは明らか。

真剣に応募した人達は怒っているに違いない。

先々週だったか、「ボクらの時代」で、五木寛之×北方謙三×宮部みゆきの鼎談を見たが、3人ともに「水嶋ヒロの作家デビューは読書層を広げるということでは意義あること」とコメントしていた。

「未読であるが」と断った上でのコメントだったが、編集者から前評判は聞いていたのかもしれない。

前にも書いたが、小説「世界の中心で、愛をさけぶ」、柴咲コウが大絶賛して超ベストセラーになった作品だが、内容的にはライトノベルズの域を出ていなかった。

だから悪いというわけではなく、ただ大人の読書に耐えうる作品ではないということ。

私、「世界の中心で、愛をさけぶ」も「いま、会いにゆきます」、それから「群青」も読みました。

とくに「セカチュー」「いまあい」は完全にライトノベルズで、読書習慣のない、お子様向け作品。

2作品ともに映画がよかっただけに、映画の後に読むとその内容の薄っぺらさにガッカリさせられる。

反対に「群青」は、本の出来はまあまあなのだが、映画の方がなんともお粗末に仕上がっていた。

このことから私は、「KAGEROU」を是非とも映像化して汚名返上を果たすべきだと思った。

何十万部の印税収入、映画化されれば原作使用料で水嶋ヒロは笑いが止まらないだろう。

そして世間も、これが大賞受賞作品かと、ポプラ社と結託した作者ならびにその配偶者を笑うだろう。

この本を読んで感激したなんていう人はいないだろうが、もしそういう人がいたら、それは感受性豊かなのではなく、単に頭のネジが緩くなっているのです。

そういう人は、さっき書いた「鼎談」という字も知らない人だと思う。

携帯小説として電子書籍のみの販売にすればいいと思ったが、これで街の書店が多少でも潤うなら出版した意味もあったといえるかもしれない。

でも、1470円払うのなら、週刊文春4冊買った方が絶対お得です!



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五月闇

2010年12月15日 23:06

金田一春彦著「ホンモノの日本語を話していますか」を読んだ。

平易な文章で書かれていて、私のような日本語学習初心者にはふさわしい本。

その中で記憶に残ったのが、「五月闇」という言葉を説明した部分だった。

「夏は来ぬ」という唱歌はよく知られているが、その中で歌われる「五月闇」について金田一はこう書いている。

「五月闇蛍飛び交い くいな鳴き卯の花咲きて 早苗植え渡す 夏は来ぬ」

明智光秀は天正十年六月二日に主君織田信長を本能寺に不意討するが、なぜこの日なのかというと、暗闇に乗じてことを為さねばならなかったからだという。

昔の五月は梅雨の季節で、しかも今と違い照明がなく、月の出ない夜はそれこそ鼻を摘ままれても分からない闇の世界だった。

また五月であれば何時でもいいと成り行きで挙行したわけではなく、五月二十八日に目的地に着くように計画している。

旧暦において、みそか前後はほとんど月の出ない闇夜、それも五月闇であった。

つまり光秀は用意周到に計画を練っていたということになる。


大体こんなことが書いてあった。

本能寺の変は光秀の単独説や謀略説などさまざまに語られている。

それぞれもっともなことが書かれていて、歴史の知識が蓄積されてない私はすぐに、ナルホドと感心してしまう。

この本のお陰で、真暗闇の中必死に戦った信長が、「天地人」とはまた違ったイメージで私の中によみがえった。

季節感がなくなったとはよく言われるが、“闇夜“ というのも案外遠いものになってしまったような気がする。


       satukiyami1.jpg
        モニカ様お逃げ下さい、明智めが!
        初音、闇夜にしては明るいと思わぬか?
        わたくしのオーラのせいでございます



紗季さんのおかげでした

2010年02月28日 10:00

最近読んだ本のことなど。

  ryoumadennsiba01.jpg ryomaa21.jpg

寝る前に少しずつ読んでいったのだが、読了までに1ヶ月以上かかった。

特に「坂の上の雲」の方は、司馬遼太郎の歴史観がよくわかって、実に読み応えがあった。

“社会に不満を持つ者のエネルギーがないと世の中は進歩しない(ざっくりですが)” なるほどなぁと思いました。(笑)

「龍馬」は、本当はNHK出版の方を買うべきだったが、「一個人」を愛読している関係でこちらを選んでしまった。

内容もサラッとしていて、“龍馬初心者” にはいいかもしれない。


もう一冊あって、佐藤正午の「身の上話」。

こちらは立ち読みしたサンデー毎日の中で、角田光代氏が紹介していた本である。

角田氏の言葉を引用してみる。

  ~高校生のころ、「それがいけないことだと知っていてやるより、知らないでやるほうがずっとたちが悪い」
   と言う教師がいて、なんでだろう? 高校を卒業しても、この問いは自分の内に残り続けた。あのとき、
   高校生の私に佐藤正午さんの『身の上話』を渡していたら、その意味が一発でわかったろうと心底思う。

私も角田氏と同じ経験があり、高校の頃、担任教師から言われた「知らないでやるのは最もいけないことなんだよ」という言葉が、とても意味深なことのように思えてそれ以来ずっと気になっていた。

普通は逆で、悪いと知っててやることの方が罪が重いと言われる。

しかしそうとも限らないのである。

“知らない” ということは思考停止や無行動につながり、本人が停止している間にも、どんどん物事は悪い方向に進んでいくのだ。

一番タチが悪いのは、何も考えない何もしないことなのだということを、この本は教えてくれる。

主人公は “ミチル” という女性だが、私は自然と "美知留" に置き換えて読んでいた。(笑)

「ラストフレンズ」の美知留も、判断力のない思考停止に近い人間だったが、どこかミチルと共通している。


こういう偶然ってあるのかと思うくらい、私にはドンピシャの書評だった。

本を読んだからといって大して賢くなるわけでもないし、人間性が向上するわけでもない。

それでもごくまれにこうした偶然に出会うことがあるので、読書はやめられない。

ネットで仕入れた知識を自分の考えのように錯覚する、そんな愚を犯さないためにも、私には読書が必須である。

この本は絶対お薦めだから!もしあったら教えて下さい。


私がこの週刊誌を手に取ったのは、グラビアの相武紗季ちゃんがあまりに素敵だったからである。

長年の疑問を解消できたのは、佐藤正午でも角田光代でもなく、相武紗季ちゃんのお陰かもしれない。

                   sanday001.jpg
                     この人のおかげです

ノーまさみデーの必要

2009年10月26日 22:35

最初にお断りしておきますが、長澤まさみちゃん、今日は海外出張で不在です。

そこでふたたび柳田邦男について書く。

         ikinaosutikara1.jpg
                 昨日読んだのは、「生きなおす力」

いつものように、ケータイやネットの負の部分についての考察から始まる。

私は彼のファンであるから、そうだそうだと頷きながら読んでいるが、ひとつ気になることがあった。

以前から指摘されていることであるが、ケータイ依存症、ネット依存症、メール依存症の人間が増えているという。

自分が当てはまるかどうか考えてみたが、ケータイ、メール依存症は大丈夫。

多少不安なのがネット依存症だが、これも人より少し長くやってるくらいだからセーフということにしよう。

バーチャルな世界に長時間浸ってしまうと、ついには現実と仮想の区別がつかなくなるが、目に見えないぶんだけ、被害が表面化するのに長い時間を要する。

正常でない精神状態、妄想は長い時間をかけて人の心を蝕んでいくと書いてあった。

ゲゲッ!俺じゃないか!

それを防止するため、“ノーネットデー(ウィーク)” や “ノーメールデー(ウィーク)” を設ける必要があると彼は説く。

実際に試みたところ、本人だけでなくその家族までもが、バーチャルでない本物の人間同士の触れ合い(会話など)の素晴らしさに気付いたという。

これを読んで考えさせられた。

四六時中、長澤まさみばっかり考えていてはいけない!病気になる!(もう罹患してるか?)

急に明日からというのは無理なので、いつかきっと、たぶんそのうち、「ノーまさみデー」をつくるつもりだ。


いつも心にまさみがいた

2009年10月10日 12:02

読書の秋、食欲の秋、そして広瀬亜紀。

先週読んだ本のことなど。

柳田邦男著「いつも心に音楽が流れていた」を読んだ。

昔から彼のドキュメンタリーが好きで愛読しているが、長澤まさみちゃんに忙しく、この本も買ったままになっていた。

彼が音楽に造詣が深いことは知っていたが、音楽との出会いは運命的なものであり、その人にとって意味のあるものなのだということがはっきりと記されていて、わが意を得たという思いがした。

音楽が流れる中、柳田のテーマである生と死、心の病、医療、子供の教育など持論が展開される。

音楽は心の故郷、いい言葉だ。

音楽の持つ力を感じている私には、かけがえのない一冊になりそうだ。

                      itumo1.jpg

柳田作品はこの他にも多くの秀作がある。

航空機事故、終末期医療、ネット社会への警鐘、子供の情操教育等々、教えられることが多い。

私が尊敬している最大の理由は、バランス感覚の優れた論評を繰り広げてくれるところだ。

内容的にとっつきにくいかもしれないが、そうだそうだと思わせてくれるところがたくさんある。

涙を流して読む本ではないが、そうだったのか!知ってよかった!と間違いなく思うはずだ。

彼の深い洞察力で、芸能界麻薬汚染を一刀両断に語って欲しいと思う。


今日は読書の亜紀ということで、珍しく本のことなど語ってしまった。

いつも長澤まさみちゃんのことばっかり考えてると思ったら大間違いだぞ!


           soukamo21.jpg
             私の場合は、『いつも心に長澤まさみがよぎっていた』



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