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許してたもれ!

2015年06月20日 13:55

「モーツァルトは二中に限る」という意見というか偏見を堅持している私は、同じ曲を外国人が歌った場合と二中が歌った場合にどう違って聴こえるか、そこのところに大変興味がある。

言葉の観点からも、発声の観点からも、上手さという点で外国人合唱団に敵うわけがないのは当然である。

何しろ相手は西洋人、英語だろうが独逸語だろうが仏語だろうが、言語的にラテン語に近いことには変わりない。

肉が主食の外国人、食い物が違えば当然体格だって違ってくる。

体格が違えば声量も違って当たり前で、しかも相手は大人、こっちは中学生だ。

そういうハンディがあるにもかかわらず、なぜ中学生の合唱に惹かれるのか?

十代の眩しいばかりに輝く声、絹かビロードの手触りのようなハーモニー、恵まれた環境で育まれた証である健康的な美貌・・・

理由はさまざま考えられるが、そのどれもが彼等だけが持つ特権である。

今日は、比較の意味で「ミサ曲Kv275~Kyrie」の動画をイジってみたので公開しようと思う。

前半51秒までを外国人合唱団が、後半を本家二中が演奏しているので聴き比べて欲しい。

背景にアンコン動画を使わず画像を使っても良かったのだが、キャシーやテノール王子が大人の声を出してるように見えて面白かったので動画にしてみた。

Kv275

確かに外国人合唱団は上手い。

音に厚みがあり、演奏に余裕、貫禄みたいなものを感じる。(当然である、大人が歌ってるんだもの)

対して二中は、清潔感、透明感は抜群で、余裕こそ感じられないものの、そのぶん真摯さがあり一切の緩みがない。

どちらがいいかは個人の好みの問題ということになるのだろうが、やはり私はひたむきな中学生合唱に心惹かれる。

なお、彼等からクレームが来ては困るので、この動画の公開は今日限りとさせてもらう。

ご両人ならびに関係者諸氏よ、許し給え!

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二中さんのおかげでした

2015年06月19日 23:40

今回はアンコンレビューを書くにあたっての、筆慣らしというか頭慣らしというか、そんな意味合いで書いた。


若き日のモーツァルトが作った実用的な教会音楽も好きだが、やはり後年ウイーンで作曲された大規模なミサ曲に較べるとどうしても見劣りする。

かつて執拗なまでにモーツァルトに拘ったアンコン予想を諦め、最近は心の赴くままミサ曲を含めた歌曲全般を聴いている。

そんな中改めて感動したのがミサ曲Kv427のKyrie。

「AMADEUS」で、サリエリがモーツァルトの才能を目の当たりにして絶望するシーンで使われた曲だから耳にした人も多いだろう。

「AMADEUS」を初めて観たのはたしか20代半ばくらいだったか、初めて買ったビデオデッキでレンタルしたVHSを観た。

当時、16万という大枚はたいて買ったのはHi-Fiが謳い文句の三菱製ビデオデッキ(マドンナがCMしてたやつ)だったのだが、テレビの方はまだモノラルだったためステレオで鑑賞することが出来ず、しかたなくヘッドフォンをデッキにつなげて鑑賞することが多かった。

「AMADEUS」もそうやって鑑賞したわけだが、初っ端の交響曲第25番に度肝を抜かれたことをよく覚えている。

映画ってこんないい音で録音されていたのか!

なんて素晴らしい音楽なんだ!

私がモーツァルトを本格的に聴いてみようと思ったのはこれがきっかけである。

もちろんサントラ盤も買い、いや、レンタルCDだったかな? とにかく暇さえあれば聴いていた。

といっても聴いたのは交響曲、協奏曲などが中心で、宗教曲やオペラなどの歌曲には関心が向かなかった。

作品が長大であること、また歌曲の意味が不明なまま聴いても面白くないと考えて器楽曲中心になってしまったのかもしれない。

しかしその歌曲こそがモーツァルトの真骨頂であると思い始めたのはいつ頃からだろうか?

ミサ曲を聴き始めたきっかけは、恥ずかしながら、これはもう郡山二中合唱部のおかげというほかなく、二中のモーツァルトを耳にしなかったら、我が人生、KyrieともAgnusDeiとも無縁な一生を送っていたに違いない。

それが今じゃCredo以外はなんとかわかるようになったのだから私も大したものである。(笑)

(Credoだけはいくら頑張っても覚えきれない)

仏教徒である私にはKyrieもへったくれもないはずなのに、本当に二中さまさま、キャシーさまさまだと感謝している。


というわけで、なんとか二中に繋がったので今日はこの辺で。

中途半端でごめんなさい。

前言撤回

2015年06月07日 12:57

所詮ブログなんてものは、極めて個人的な戯言をあーでもないこーでもないと書き散らすところと心得て、読みたくない人は近寄らないことである。

そう前置きしたうえで、今日も懲りずにアンコンの話をする。

前回、Kv262をアンコンで演奏するのは時間的に難しいので、Kv66あたりがお薦めと書いたが、撤回しようと思う。

やはりKv262が最適だ。

というのは、YouTubeにアップされた中で、アンコン規定時間内にぴったり収まる演奏を見つけたからである。

私が聴いたCDより若干速いように聴こえる演奏だが、むしろこのくらいテンポがあった方がいいとも思えた。

県大会でGloriaを、全国予選でKyrieとGloriaを、そして本選ではAgnusDeiを加えて3楽章演奏すればいい。

これまでアンコンで欠かさず演奏していたCredoは、どうしても時間的に収めることが出来ないので諦めざるを得ないのが残念だ。


話変わって、最近はNコン課題曲の聞き込みをしようと思いながらも、どうも今年の課題曲に興味がわかず、ミサ曲ばかり聴いてしまっている。

アンコンにふさわしい曲を探しつつ、かつて二中が名演奏した曲も、外国の合唱団が演奏するとずいぶん味わいが違って聴こえ、これはこれで面白い。

私がこれまで一番良く聴いたKv275もいくつかの外国の合唱団が歌っていて、その中に二中の演奏に極めて近いと思われる演奏があったので興味深く聴いてみた。

モーツァルトは二中に限るを信条にしている私は、たいていの外国合唱団の演奏を聴いても、上手いとは思うもののイマイチ響くものがないのが常なのだが、なぜかそのKv275だけは二中アンコンを彷彿とさせるのだ。

外国人が二中の真似をしたとは考えにくいから(笑)、もしかするとマエストロがこの動画を参考に中学生バージョンを仕立てあげたのかもしれないなどと空想しては喜んでいる。

キャシーの鈴の音ソプラノも、大人になればこういう声を出すようになるのかとか、ソリストひとりひとりの顔とともにその後の成長ぶりなど、私の想像をふくらませる。

またソリストだけでなくバックコーラスも二中のようなクセのないハーモニーで、私の心をグッと掴むのである。(笑)

映像がなく音声のみの動画というのも、己の思うがまま好き勝手な想像が出来るという点で、これもありかなと思った。




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