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性懲りもなく、またやってしまった

2015年08月29日 23:54

二中応援歌「安達太良おろし」である。

30分で出来上がった「歌魂こめて」に較べ、今回は少し時間がかかった。

センスの欠片もないド素人が詞をつけようというのだからしかたない。

限りなく盗作に近い歌詞であるにもかかわらず、旋律に言葉を載せていく作業がいかに難しいかよくわかった。

適度に音楽的で文学的でもある言葉なんて、なかなか素人には思いつかない。

私なんか、金賞を比喩する「金色」というフレーズさえ、思いつくのに数時間かかってしまったくらいだ。

あまりのセンスのなさに絶望しかけたが、考えてみればただの戯言、おかしな表現が散見されようと知ったこっちゃないのである。

そして万が一にもこれが気に入ったという方がおられたら、ぜひ10月、NHKホールの前でお仲間を集めて大合唱して欲しい。

通りかかった二中生が、「なんてキモい連中だ」と怯え、呆れながらも、軽く会釈くらいはしてくれるはずだ。たぶん。(笑)




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なんて自由曲だ!

2015年08月29日 22:26

とある情報筋からNコン地区大会のパンフレットを見せてもらった。

二中の自由曲は「どんぐりのコマ」とある。

なんて素晴らしい選曲をしてくれたのだ!

私は感涙にむせいだ。

この曲だったら私でも知っている。

その昔「やじろべえ」と「どんぐり」を合唱したことがあるからだ。

「やじろべえはやじろべえー♪」 「とんがり頭のコマ まわれ雲と風 まわれくるり輪になって♪」

だったように記憶しているが定かではない。(笑)

課題曲なんかすっ飛ばして、いっそ「やじろべえ」を歌って欲しいくらいである。

実をいうと「プレゼント」という曲にまったく興味が湧かず、いまだひな形演奏を聴いていない。

たぶん二中演奏で初めて聴くことになるだろう。

それにしても二中の「どんぐり」が聴けるとは嬉しい。

ちなみに五中は、ブルックナーの「Christus factus est」 という、誠に渋い曲を自由曲に選んでいる。

五中らしいといえば五中らしい選曲で、今年もいぶし銀のような合唱を聴かせてくれるに違いない。


はるか昔の高校生にとって、不協和音の多い「五つの童画」はなかなかの難曲で、手強かった記憶がある。

それを今では中学生が演るんだから、時代が変わったというのか、合唱のレベルが向上したというのか、あるいは二中が凄すぎるというのか。

これ以上の選曲はないし、東北ブロック大会が実に楽しみである。

もちろん個人的には当然全国進出してくれると信じている。

話は変わるが、最近ワールドカップバレーボールの中継を見ていて、チャレンジという制度に関心をもった。

1セットのうち2回だけ審判の判定にクレームを付けることが出来るという制度である。

監督がチャレンジを要求した場合、その瞬間がビデオでスロー再生され判定が正しかったかどうか確認できるのだ。

私はこの制度を合唱審査にも適用すればいいと思った。

例えば、第79回Nコンの時のように、どう考えても金賞は二中だろうという場合などに活用するのである。

(いつまで銀賞落ちを根に持っているんだおまえは!という指摘は甘んじて受けよう)

「銀賞は・・・・東北ブロック代表郡山第二中学校です」

その瞬間マエストロは直ちに起立しチャレンジを要求する。

当然アナウンサーはそこで一旦発表を中断しなければならない。

客席の審査員は速やかに二中の演奏をビデオ映像で確認し再判定を行う。(公平を期すため会場にもビデオ映像が流される)

それから課題曲自由曲にそれぞれ何点を付けたか、審査員の合計得点を発表し、上位校との得点差がこれだけあるから銀賞判定だったと説明をし、クレーマー、もとい、チャレンジ要求者に納得してもらわなければならない。

ビデオ再生で金賞が適当と判断されればマエストロのチャレンジは成功である。

もし判定が覆らなかった場合は、来年度のチャレンジ権がなくなるのは当然として、ブロック2枠進出の特典も失われる。

もうひとつデメリットは、上位校もチャレンジを要求してきた場合である。(判定が覆されれば当然行使されるはず)

審査員はまたビデオ再生して新判定を下し、要求者に説明しなければならないなど、ややこしいこと極まりない。

考えてみれば上位4校だけの問題ではない、出場校すべてが判定に納得出来ないとチャレンジを要求してくるかもしれない。

そうなったらもうお手上げ、にっちもさっちもいかなくなる。

よってチャレンジ制度は金銀銅受賞校に限定すべきだ。

バカなことを書いてきたが、コンクールの審査でよく見かける、あまりに一般の感覚とかけ離れた偏向審査に対抗するために、なんらかの手立てが必要じゃないかと思ったからである。

主張する合唱 VS 淑やかな合唱

2015年08月29日 13:24

夏バテの体に鞭打って、アンコンの感想を書く。

アンコン第1位のクールシェンヌは、私的には意外にも3曲目の「Os iusti」が良かった。

本来こういった曲は私の耳には退屈に聴こえるはずなのに、集中力を切らされることなく聴き通せたのは、この団体の極めて密度の濃いハーモニーの賜物なのだろう。

終曲に三善晃の「地球へのピクニック」を選曲したのも正解だったような気がする。

眠気が吹っ飛ぶようなと形容しては叱られるかもしれないが、宗教曲の後に歌われる日本語曲は、ふと我に返るような感覚をもたらした。

「ここで~♪」のリフレインは、三善ワールド全開で、それこそ鳥肌が立つという言葉以外みつからない。

各声部が各声部を互いに尊重し合いハーモニーを成立させるというより、各声部が個性をぶつけ合うように歌っている印象で、それでいていささかもハーモニーを崩さず歌い上げるのは、見事というほかない。

個性のぶつけ合いという点では、後で記す郡山高校の演奏にも共通したものを感じる。

また、日本語の聴こえ方というか意味の伝わり方が、やはり中学生合唱とはぜんぜん違うようだ。

言葉の処理云々とか小賢しいものでも、また詞の解釈云々といったものでもなく、やはり大人が大人の声で歌うからそう聴こえるのだと思っている。

アカペラならではの、その団体の持つ声の魅力そのものを堪能できた演奏だった。

多くの審査員が1位を付けたのも頷ける。


次は第2位の郡山高校。

この演奏を聴いて12位とした審査員がいたことに驚く。

風鈴やコオロギの鳴き声が雑音にしか聞こえない外国人だからしょうがないのか?(笑)

郡山五中に容赦無い成績をつけたN響アワーに出ていた作曲家もそうだが、耳がどうかしているとしか思えない。

自分好みの演奏でなかった団体には低い得点しか与えないというのだったら、審査員なんて誰でもいい。

私は審査員がその団体に付した順位と最終総合順位とを比較し、どの審査員がいかに審査平均とかけ離れていたか、審査表と照合、確認してみた。

外人審査員の例でいうと、12-2、つまり10も他の審査員と開きがあり、五中に10位をつけたN響アワーは、10-3で7差があったということである。

おまけにこの二人、子供合唱が好きなのだろう、福井のSmile♪には1位と2位を付けたりしている。

私も毎回出てくるこの団体が好きで感心している方だが、しかしトップに値するかと問われれば疑問符がつく。

これではNHKのど自慢で、ただ高齢者が歌ったというだけで予選を突破させ本番でアナウンサーが労る図式となんら変わりない。

この声楽アンサンブルコンテスト、私はNコン、全日本と並ぶ三大合唱コンクールであり、各団体がしのぎを削る大会か思っていたのだが、それに加え若干お祭り的要素も入っているようである。


郡山高校の演奏に話を戻そう。

自己陶酔的に歌うスタイルに多少違和感があるのは毎年のことでしかたないが、今年はなぜか許せた。

それはソロを務めたソプラノリーダーが「輝凛透(かりんとう)」していたからである。(笑)

女優でいうと雰囲気は木村文乃といったところか?

後半の「アレルヤ」はまさに木村文乃のオンステージであり、その美声と美顔の合わせ技が見せ場。

この団体は昨年も良かったが、今年は更に磨きがかかった印象。

特に男声にその傾向がうかがわれた。

木村文乃を頭とした女声の冴えた高音に、男声の繊細で包み込むような優しい声がとてもうまくブレンドされて、昨年にはない美しい響きがあったように思う。

特にテノールのきめ細かい神経の行き届いた声は秀逸で、人材豊富なこの団体の明るい将来を期待せずにはいられない。

ソプラノの冴えた輝きにアルトが落ち着きを与え、それを男声が優しく包み込む。

妙な例えだが、伝統ある漆塗りの技法をイメージさせる繊細かつ丁寧な演奏。

各声部が個性を発揮しながらもハーモニーを成立させるというのはクールシェンヌと同様。

それに加えアイコンタクトが象徴するように、各声部が個性を主張しつつも他声部も十分尊重する、言い換えると、各声部が独立しながらも全体としてとてもまとまりが強い合唱のように聴こえた。

個人的にはここが1位でもおかしくないと思っている。


ラインベルガーを演奏した安積黎明高校も私の中で俄然評価が高い。

混声合唱というのもあるのだろう、昨年とはぜんぜん違うハーモニーが聴けたのはある意味収穫であった。

この団体は多声部を非常に上手く操って絹のようなハーモニーを織りなすことで知られているが、今回はぐっと趣を変えてきたように思う。

特色である冴え渡る女声合唱は鳴りを潜め、またクールシェンヌや郡山高校のような華やかさとも無縁な、自己主張の少ない穏やかな合唱を淡々と演奏している印象で、悪くとれば精彩を欠いた大人しい演奏だったと言えるかもしれない。

私は歌詞を理解していないのでこの曲が宗教曲なのかそうでないのかもわからないが、ただこのラインベルガーが実に新鮮に聴こえたのだ。

私でもラインベルガーの名前くらいは知っているが、作品となると郡山五中がかつて演奏した曲くらいしか知らない。

だから今回黎明が演奏した作品は当然初めて聴く曲である。

なんとも味わいのある、まるでリートを聞いているようだというのが最初の印象。

通して聴いているうち、変な喩えで恐縮だが、どこか郷愁あふれる日本の唱歌を聴いているような錯覚すらあった。

各声部は決して独立せず、あくまでハーモニーの一部分であることに徹したような実に抑制の効いた演奏で、その融合感は素晴らしい。

それは合唱だけでなく弦楽伴奏にもいえ、ひたすら脇役に徹している印象だ。

各声部が主役を競い合うような合唱とは正反対の、融和を最優先にした今回の黎明合唱を私は高く評価すると同時に、黎明を3位とした審査員にも賛同する。


黎明と似た印象を抱いたのが、Mozartを演奏した郡山五中である。

曲目は「Missa Brevis KV49」と「Ave verum corpus」

昨年、一昨年の超絶演奏と較べてしまうからか、あるいは今回の上位2団体の絶対的華やかさと較べてしまうからか、今回のミサ曲は、「五中にしては・・・」の感が拭えないというのが正直なところ。

もちろん総合3位という輝かしい成績を残したのだから、間違いなくその演奏は素晴らしかったのだ。

私自身聴いてみて何のマイナス要素も見当たらなかった。

でもなぜなんだろう?

二中と五中にメチャクチャ甘いはずの私が、なぜか今回に限っては印象が薄いのである。

五中のKV49をあれほど期待していたはずなのに・・・

強いて言えば、演奏が大人し過ぎるというか優等生過ぎるところか。

黎明でも感じたように、全体的に抑制感が強く、特に女声の控えめなところが、悪くするとインパクトの弱さに繋がったのかもしれない。

ド素人がわかったようなことを書くが、五中は「そつなく小じんまりまとまり過ぎている」というのが全体を通して聴いた感想である。

ソロカルテットをもっと溌溂と歌わせても良かったのでは?

調和が大切なのはもちろんだが、ソロの華やかさを今ひとつ生かし切れず、なんだか大人しい「チーム五中」で終わったという印象が残る。

(個人の感想です 感想には個人差があります 笑)

それにしてもまさか「Ave verum corpus」が聴けるとは思わなかった。

中学生でこれだけ深みのある演奏を聴かせられるとは、さすがは郡山五中である。

私はこの曲の演奏が審査員の度肝を抜き、五中を第3位にしたに違いないと睨んでいる。

(10位というとんでもない審査をしたN響アワーみたいなのもいるが)

長いCredoの代わりとはいえ、マエストロの選曲の確かさはもはや神の域だと言っていい。


話は変わるが、五中が「Ave verum corpus」を演ったのだから、次はぜひ二中に「Alma Dei creatoris KV277」を演ってもらいたいものだ。(笑)

5年前の記事に書いたように(げっ、もう5年もオタやってるのか)、「Alma Dei creatoris KV277」は私が二中ファンになった頃に、二中合唱で聴いてみたいと思った曲である。

大好きな五中のMozartである、何を間違ったか今回だけは己の耳を疑う。

KV49の聴き込みが足りないのかもしれない。

でもその前に耳鼻科に行った方がよさそうだ。(笑)






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