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とにかく明るい二中 「安心してください 狙えますよ!」

2015年09月30日 21:41

Nコンライブで全国大会出場校すべての演奏を聴いたが、結局は郡山二中と郡山五中に落ち着く。

楽都郡山の学校だからという先入観にとらわれたわけでもなく、もちろん美貌に目が眩んだということとも関係ない。

さすがの私も合唱曲は、声の美しさ、響きの美しさ、言葉の美しさなどを基に自分好みの演奏を決めている。

たとえ二中に芸能人なみの美貌を持った生徒がいたとしても、そんなことで私の好みは左右されない。(されないんじゃないかな?)

さんざん「プレゼント」を聴き続けている私だが、最近また新たな発見があったのでそれについて書こうと思う。

二中版「プレゼント」については以前、木を見て森を見ず的レビューをしこたま書いた。

端折って言えば、ソプラノが犯罪的に美しい(声です)ということを言いたかっただけのようにも思うが、その根拠となるものを新発見したのである。

鈍感な私が気付いたくらいだから、たぶんほとんどの人は知っておられるはずだ。

後半の「だから楽しみにしながら~ ゆっくり開けたら良いんだ~」の部分。

ソプラノがアップになる場面と言った方がいいかもしれない。

恥ずかしながら私は、このシーンになるとつい耳が疎かになってしまい、これまで美声の発信源を見逃してしまっていた。

「だから楽しみにしながら~」の「しながら~」が、ほんの僅かソプラノ高音が伸びて聴こえるのだ。

ホールの環境や録音の関係かもしれないが、私にはその声が一人のソプラノから発せられているように聴こえた。

中学生とは思えぬ艷やかな声で、例えが古くて恐縮だが、「旅愁」を歌った土居裕子の声とそっくり。

中学生合唱団にプロが混じって歌っているのかと錯覚するほどだった。

二中ソプはこんなのが歌っているのか!反則じゃないか!

ちなみに、前半部分の「その言葉 言えなくって♪」でも土居裕子現象がみられる。

そうそう、「その言葉言えなくって」が「そのことは言えなくって」に聴こえてしまうのは私の耳が悪いせいか?

まぁどっちにしろ意味は通じるし、だいいちその時は歌っている画面に釘付けになってる人がほとんどだろうから、些細なこととしておこう。

改めて言うが、今年の二中の「プレゼント」は素晴らしい。(当然どんぐりも素晴らしい)

曲自体の魅力というのもあるが、ここ数年の中では群を抜くレベルにあると私は考えている。

(こういうことを毎年書いてるような気がするが、おのれの過去記事を読み返そうとは思わないし、事実そう思うのだからしかたない)

希望を胸いっぱいに、明るい未来を信じて歌うその姿や声に、中学生合唱の醍醐味を感じるのは私だけではあるまい。

もちろんそれが現実の彼等の姿であるとはさすがの私も考えてはいない。

でもそこが素晴らしいのだ。

ひとりひとりが思いを声にのせ、一丸となってハーモニーを作り上げる。

そしてハーモニーの力を借りて個人の思いを普遍的な理想像に近づけようと努力する姿が、私にはとても眩しく感じられる。(私は何を言っているのだろうか)

「歌で演じる」というとおかしく思われるかもしれないが、私には単なる感情移入を超えて、彼等が課題曲で歌われている一人称の主人公だけでなく、想像上の相手役までになりきって歌っているように思えてしかたない。(女優か!)

演じるというと何かそこにけれん味みたいなものを感じてしまうものだが、それを微塵も感じさせないところが二中の凄いところだ。

またわけのわからないことを書いてしまった。

二中を聴いていると時として何かに憑かれたように勝手に書き進んでしまうことがある。


五中の「プレゼント」は驚異的なソプラノと、「いま君のいる世界が 辛くて泣きそうでも」が秀逸だと書いた。

今でもこの部分を聴くと、泣きそうになってくる。

うわべだけでない真の友が、自分一人のためだけに歌ってくれているような、優しく慰めてもらっているような、なんとも切なくて、しかし暖かい気持ちにさせられる。

五中にしては珍しく比較的テンポよく歌われるも、ここにくると急にしんみりとなって泣かせモードに突入し、素直な私はついホロッとしてしまうわけだ。

ただし、この後の手のひらを返したような唐突な変わり様はギャップがあり過ぎで私の好みに合わない。(殴ってください)

しっとりしんみりの五中に対して二中は、仲間意識の強いクラスで、落ち込んでいる仲間がいたら皆で励まそうとするイメージがある。

どこまでも明るく前向きで、そこに逡巡はない。

現実とは程遠い理想の世界がその歌声から聴こえてくるようだ。

だからといって深みがないということにはならない。

二中のこの理想的と思える明るさこそが、現実世界の辛さ悲しさを確実に和らげてくれるのだから。

もうひとつ感動した場面を書いておきたい。

学級委員長が「ひとりぼっちにさせないから大丈夫だよ♪」と熱唱する直前の、「大切な人がたくさんいるんだってことが~♪」のところ。

渦潮のように声がまとまっていく様は見事であり、オーバードライブを切って加速していくような力強いハーモニーは、高揚感とともにその前進エネルギーに圧倒されそうだった。

ブロックコンクールでここまで歌われると、かえって全国大会が心配になってくる。

いや、二中のことだ、きっといい意味で裏切ってくれるに違いない。


先週は、九州ブロックと中国ブロックコンクールの模様をテレビ視聴した。

両方見られるのは実に有難いことだが、出来れば全ブロックコンクールをテレビ放映してもらいたいもの。

ネット中継、ネット動画の貧弱極まりない画質音質では、せっかくの綺麗なハーモニーがもったいない。

深夜帯に2,3時間放送すればいいだけの話だ。

はっきり覚えていないが、数年前に一度東北ブロックコンクール小学校の部がBSだったか深夜の時間帯で放送されていたような記憶がある。

毎年ブロック大会をテレビ視聴して思うのは、Nコンライブで東北ブロックコンクールを見る前に見ればよかったということだ。

なんであんな顔して歌うんだろう?

表情を明るくして歌えと指導されたのか、目をひん剥いて口を大仰に開いて歌う姿は不自然に見えてしかたない。

こういう時私はテレビに向かって説教することにしている。

「郡山二中を見てみろ!変顔してる子なんてひとりもいないぞ!顔で歌うんじゃない、心で歌うんだよ」と。(笑)

感情移入するためにわざとらしく表情を作ることを否定する気はないが、作るならもっと上手にやって欲しい。

その曲を自分のものにしていたら、もっと自然な表情で歌えるはずと思うからだ。

想像するに、容姿端麗であることが入部の条件であるかのような二中だって、初めての曲を練習する時は、歌詞を解釈し歌に感情を込めるため、ぎこちない、不自然な表情になっているのではないかと思う。

二中が多くの学校と違うのは、厳しい練習を積み重ねて曲を完全に自分のものとし、いつしか表情もごくごく自然なものにしていることである。

私は二中合唱を見る時、いや聴く時も(笑)、演奏で感動するだけではない。

その歌声を成立させるための彼等の並々ならぬ努力にも感動しているのである。

今年の二中は例年以上にいい表情で歌っているという印象がある。

昨年のNコンに出場していて見覚えのある生徒が多いせいか、経験者に表情豊かな子が多いように思った。

その中でも抜きん出ていい表情を見せていたのがオリーブさんで、その元気ハツラツ爽やかな歌いっぷりは、堂々の好感度第1位、今回の最優秀グランプリである。

特定しては可哀想だから後段の何番目に立ってる子とか絶対に書かないけれど、たぶんわかる人にはわかるだろう。(笑)


10日もすれば全国大会である。

もう入場券を入手されただろうか。

観覧希望のハガキを出すというのも一つの方法、というかそれが至極真当な方法なんだろうが、大きな声では言えないがある種コネを使ってゲットするという方法もある。

これが売買禁止の入場整理券ですと、ここに画像をお見せしてもいいのだが、関係者に迷惑がかかってはいけないので止めておく。

注意事項として「客席内での飲酒、喫煙、写真撮影、録音、録画は、固くお断りいたします」とある。

じゃあ双眼鏡でガン見するのは問題ないんだな!

巨大なホールだから米粒くらいにしか見えないと聞くし、よし、行く時は絶対大口径の双眼鏡買って行こう。

三脚なしの望遠鏡という手もあるが、入り口で取り上げられて一生出入り禁止になるだろうな・・・。


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スカタン予想

2015年09月13日 23:37

私の夢は正夢になるかも?

今年の全国大会は、郡山勢と関東勢が例年以上に激しく争うことになりそうだ。

つまり、郡山二中&五中 対 鶴二&大妻という図式である。

私の耳では何度聴いても上位4校はここ以外考えられない。 (あくまでNコンLIVEで)

どこまでも響きの美しさを追求する郡山と、人の心に訴えかける合唱を得意とする関東。

もちろんそれは私が勝手に抱いたイメージだ。

今年の関東ブロック代表のこの2校に共通して思うのは、課題曲においてとても声がボリューミーで、郡山に比べとても音圧が強く聴こえるということだ。

密度の高い声と言ったらいいのか、強い思いを声に乗せたと言ったらいいのか。

毎年思うことだが、鶴川二中は実にインパクトのある演奏をする学校だ。

昨年の金賞受賞は、そのインパクトに洗練さが加わったからだと推察している。
 
さて今年はどんな味付けをしてくるのか、非常に楽しみである。

惜しむらくは、自由曲に「八月六日」を選んだこと。

極めて反戦意識の高い学校というふうに私は勝手に理解していて、相応しい選曲だとは思うものの、一部の音楽愛好家のみ知っている曲ではなく、広く知られた「原爆を許すまじ」を選曲すべきと思ったのである。

「原爆・・・」の方が音楽的にも数段格上だと思うが、歌詞がコンクールに相応しくないからなのかもしれない。

以上、イチャモン終わり。

さて、大妻中野は久しぶりにその声を聴いたような気がする。

私の中では東京の女声合唱団というと、すぐに思い浮かぶのは豊島岡女子と清泉女学院くらい。

女声合唱なのに、声にパワーを感じるし、とてもエネルギッシュな演奏に思えた。

落ち着いた声は高校生の合唱を聴いているようで、ハーモニーもバランスがとれていて心地いい。

名立たる強豪を打ち破って全国進出するだけのことはある。


コンクールが混声ばかりでは面白くない、やっぱり女声合唱がないと、そう思うのは私だけではないはず。

だから混声3団体と女声1団体を上位4校に選んだというのも、あながち間違ってはいないだろう。

大間違いだったりして、アハハ。

4校以外にもとんでもない実力を秘めた学校があるかもしれないので、もう一度じっくり聴いてみようと思っている。


一二中 二五中 三二中

2015年09月13日 20:26

おかしな夢をみた。


「銅賞は2校、演奏順に発表します。銅賞1校目は!」

・・・・・・・・・・

「関東甲信越ブロック代表、東京都大妻中野中学校です!」

(パチパチパチ)

「続いて銅賞の2校目です。銅賞2校目は!」

・・・・・・・・・・

「関東甲信越ブロック代表、東京都町田市立鶴川第二中学校です!」
             
(エエーッ パチパチパチ・・・)

「続いて銀賞の発表に参ります。銀賞は1校です。銀賞は!」

・・・・・・・・・・

「東北ブロック代表、福島県郡山市立郡山第五中学校です!」 

(キャーッ!パチパチパチパチ)

「さあいよいよ金賞の発表です。では発表いたします。第82回NHK全国学校音楽コンクール 全国コンクール 中学校の部 金賞は!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「東北ブロック代表、福島県郡山市立郡山第二中学校です!」

(わー!!!!パチパチパチパチパチパチパチパチ)

「おめでとうございます!5回目の金賞です」
 

NコンLIVEの見過ぎらしい。


五二夢中

2015年09月11日 23:44

二中と同じく東北ブロックの覇者、郡山五中の演奏について書く。

ただしレビューは課題曲のみ、自由曲はカッツアイさせてもらう。

なぜかというと、ブルックナーの作品が私の理解を超えているから。

有名な交響曲くらいは知っているつもりだが、それだってクイズイントロドンで出題されたらお手上げだろう。

「宇宙空間を想起させる壮大なイメージ」などとその特徴が言われているが、言われればたしかにそんな感じという程度の認識しか私にはない。

ブルックナー然りマーラー然りだ。

それでなくても抽象的なのに、そこに宗教色が加わるのだから、私の手に負えるわけがない。

よって自由曲については、『選曲も含め、いかにも五中らしい規律のとれた超絶合唱で、深遠な世界観を見事に表現していた』と、わかったようなわからないようなホニャララ感想にとどめておく。


いつか五中の課題曲を評して、中学生が青春讃歌を歌いあげるというより、大人が青春を回顧しているようなイメージだと書いたことがある。

課題曲の出だしを聴いた時、今年もそれは変わっていないという印象を受けた。

というのも声がとても大人びて聴こえたからである。

そういう発声を指導されているのだろう、そしてそれは合唱歌唱法(こんな言葉があるのかどうか知らないが)に照らし合わせた時、理想とされる声であり歌い方であるに違いない。

今私は、「発声」という言葉を使ったが、一口に発声と言っても素人にはどこまでを発声と呼ぶのか、考えてみると実は何もわかっちゃいないのである。

腹筋に力を入れ横隔膜を上下させて息をコントロールするのも発声なら、口の開け方、舌の動かし方、言葉の発音なども発声の範疇に入るのではないか。

とすれば、五中の声が大人びて聴こえるというのは、広い意味での発声方法が他所とは異なっているということになるのかもしれない。

どうやったらそんな大人声が出せるのか、私にわかるわけはないが、逆に私はどうしてああいう声を目指すのかを訊いてみたい気がする。 (往復ビンタの一つや二つは覚悟している 笑)

宗教曲には最適最良な声であることは多くの人が認めるところだろう。

ただ、Nコンの課題曲には、どうもその大人びた声が気になるという人も多いのではないだろうか。

声が大人びているから課題曲には不向きだとか、そういった単純な話ではない。

私自身、決して明るくはない五中が歌う課題曲がけっこう気に入っているのも事実。

五中のプレゼントを何度も何度も聴きこんだ。

五中の大人びた声そのものは決して悪いものではない。 (高いところから失礼します)

それは出だしの女声を聴けばわかる。

「知らないという言葉の意味間違えていたんだ~知らない人のこといつの間にか嫌いと言っていたよ♪」

なんという慈愛に満ちた声だろう、こんな声で歌う中学生がいるなんて信じられない。

大感激した私は、五中はこの声でいいのかもしれないと、確信に近い思いを抱いたのである。

「知らないという」と「言葉の意味間違えていたんだ」を、切らずにワンフレーズとして歌っているのは、レガートを得意とする五中らしい。

ちなみに二中はブレスを入れている。

そのせいもあるのかもしれない、演奏時間を比べてみると、二中の方が五中より数秒長い。

私は意外な気がした。

ポップ感ある二中の方が当然速いだろうと考えていたからである。

男声が主旋律を引き継ぐと、少し遅れてソプラノが、例えようのない美しい声音を響かせ始める。

そのハイトーンは得も言われぬ心地よさがあり、聞き惚れるとはまさにこのこと、私の心はその天性の美声に鷲掴みされた。

「ひ~とのこと~♪」

ああ、ソプフェチには堪らない!(笑)

ウィーン少年合唱団のボーイソプラノが霞んで見えてしまうほど美しい五中ガールズソプラノ。

明鏡止水を思わせる一点の曇もないこの絶品ソプラノに、心打たれない人がいるのだろうか。

「知らないことは怖いから♪」

力強いアルトの低音はいかにも五中サウンドという感じだ。

「自分のことまで嫌わないで♪」

べた褒め状態の私もここはいささか気になった。

アルトはもっとハッキリ歯切れよく、「嫌わないで!」と歌った方がいいんじゃないか。

「で」がかき消されて、気弱な感じがした。

この部分は二中が上手い。 (またまた高いとこからすみません)

「なりたくーない」「言えなくーて」

ここも違和感があった。 (ほんと申し訳ない)

「く」の音が不自然で外人が喋ってるような感じ。

「なりたくゥない」「言えなくゥって」

合唱ではこんな風に発音するのが正解、というのであればおかしな日本語だなと思う。

fightの終わり部分「花を咲かせる~」で、「花ウオウオ咲かせる~」と歌った団体がいくつかあって、私にはそれが耳障りだったという話はこれまで何度か書いてきた。

woを意識し過ぎた不自然な言葉はとても違和感がある。

日本語の歌は、合唱独特の発語で歌われる言葉でなく、できるだけ自然な言葉で聴きたいと思う。

2番の「難問解決プログラムかと思っていたけれど~♪」も気になった。

「いたけれど~」を「いたけれどーお」と引っ張りすぎ。

低音が強調されすぎて怖い感じさえする。 (百叩きを承知で書いてます)

「ゆっくり開けたら良いんだ~♪」

「ゆっくり」の感情表現は見事で、思いが伝わってくるようだ。

間奏中のハーモニーはあたかも目の前に天国が広がっているかのよう。

「いま君のいる世界が 辛くて泣きそうでも~♪」

ここを聴くたび、目頭が熱くなる。

卓越した表現力は旋律の美しさを際立たせた。

五中の声は淋しさも慰めも倍増させる。

もう感動の極みというほかない。

「世界nが~」ネイティブな鼻濁音はやはり美しい。

「辛くて」の表現力は東北コンクール随一だった。

ハッキリ言おう、二中より上手いぞ!(言っちゃった 笑)


さあ気持ちを切り替えて最終場面に突入だ。

「ひとりぼっちになって気付いた~♪」

涙を拭って前向きになろうとする様子が全員合唱から伝わってくる。

「ひとりぼっちにさせないから大丈夫だよ~♪」

二中は学級委員長はじめ数名のソプが力強く歌っている印象があるが、五中ソプはやや大人しい。

映像からは何人で高音パートを歌っているかわからないが、もう少し人数を増やして良いのではと思った。

「強くなりたい~♪」

一気に静寂が訪れたような場面転換は見事。

二中と較べ、アルトの「つ・よ・く」が弱かったようにも思うが、静かな低音は確実に歌の余韻を残した。


課題曲にわかりやすいドラマティックな演奏を望む人が多いのも事実だろう。

しかしその前提には完成されたハーモニーがあってこそである。

課題曲はドラマティックな方がいいと思うのは私がド素人だからである。

しかし今回五中のプレゼントをレビューしてみて、ハーモニーの完成度に加え、よりポップ感を演出しようと例年以上に歌に表情をつけてきたような印象があった。

一部をのぞきそのほとんどが奏功しているよう私には思えたが、全国大会までの間、もっともっと磨きをかけてくるのは必定、そうなったらそうなったで今度は二中が心配になってくるのである。

二中、五中はどっちが金でもかまわない、なーんていうのはもちろん建前で、本音のところでは二中に勝ってもらわないと困るのだ。

二中、五中の演奏を録音し、車中、事故るのを覚悟でウットリ聴き入っているが、課題曲プレゼントに限って言えば、私の耳では後に聴いた学校の方がよりいい演奏のように思えてくる。

鑑賞眼がないと言われればそれまでだが、甲乙付け難いというのが正直なところである。


ムチ打ちの刑を覚悟して書くと、

五中は今のままの声でいい、というより今の声を大事にして欲しい。

ただもっと自然な発語を心がけた方がいいように思う。

課題曲の表現方法についてはビート感も含めかなり研究された形跡が随所に見受けられた。

この柔軟性は高く評価したい。

低音パートの迫力ある重厚な音はたしかに魅力的だが、もう少し抑え気味の方がいいと思う箇所があった。

また至宝のようなソプラノも、時に引きつったような高音が聴こえてくることがあり、今後の各員の研鑽に期待したい。

演奏中の印象も審査に影響するので、女子はもう少し明るい表情で楽しげに歌った方が良い。
(天使ちゃんを見習って)

来年はブルックナーの宗教曲とか、私の理解を超える難曲を選曲しないこと。

以上が私のスカタン講評である。


最後に、刑の執行を逃れるためにも一言書いておきたい。

もし曲との相性のようなものがあるとすれば、今回はドンピシャだったのではないか。

私が聴いたここ数年の五中課題曲の中では、断トツ、最高の出来栄えと言っても過言ではない。


ご愛読感謝します。



郡山二中レビュー

2015年09月09日 21:22

2回分の記事を一つにまとめたので、眠たくなるほど長文になっている。

読んでる最中、朦朧となってくるかもしれないが、眠気を催すほど私の文章が退屈、じゃなかった、心地良かったということにしておいていただきたい。


【二中からの最高のプレゼント】

待ってました!横綱の登場だ。

心なしか画面がカクカクして見えるのは、回線が混み始めたせいか?

この貧弱なネット中継はなんとかならんかNHK、なぜハイビジョン対応にしない? 毎年そう思う。

そうすれば二中はより美しく見え、五中はより美しく聴こえるはずだ。


チーム二中の立ち姿が年々美しくなっていると思うのは私だけだろうか?

脚をガバッとひらいて歌う合唱団が多い中、この美しさは金賞に値する。

中には片足をちょっと前にずらす子もいたりして、君は女子アナか!とツッコミを入れたくなる。(笑)


「知らないという~言葉の意味間違えていたんだ~♪」

主旋律を歌う美しいソプラノにグッと惹きつけられた。(声です)

男声が旋律を引き継ぐと今度はソプラノが天使の声で高音を紡ぎ始める。

まったくソプラノフェチにはこたえられない曲だ。(笑)

上手いにも程があるとはこのことか。

30秒聴いて私は確信した。

金賞確実、全国進出一校目確定。

今年の二中は磐石どころか絶対的安泰である。

気づいたら目頭が熱くなっていた。

「知らないことは怖いから♪」

もう安心、ここからは目の保養タイムである。(笑)

詳しくは書かないが、まっさんエリーもロングトールサリーも白雪姫も、元気な姿を見せてくれている。

それにしてもカメラマン、何の意図があって10秒もアルトをアップし続けるという行為に及んだのだろう?

なにも特定個人を撮影するなと文句を言ってるのではない、その審美眼と素晴らしいカメラアングルに心から拍手を送りたいと思ったのだ。

カメラワークについて言えば、これはもう全国大会よりブロック大会の方が断然良い。

私が個人的に映して欲しいと願った子にドンピシャでレンズが向けられるのは、何かそこに作為すら感じてしまう。

思うに、学校関係者が主催者に、部長は前列何番目で歌いますとか、MMK(モテてモテて困る)の子はどこそこに立って歌いますとか、事前打ち合わせでもしているのか?(笑)

あるいは調整室のディレクターが自分の興味本位でカメラマンに指示を出し、「はい2カメさん、上段左から○番目に寄って~!」とかやってるのかもしれない。

毎年毎年本当に東北ブロックのカメラワークには感心させられる。


演奏の素晴らしさは別にして、今年は実にいい表情で歌っているという印象がある。

特に主力級と思われるメンバーの自信あふれた歌い方は、見ていてとても心強い。

「怖めず臆せず」なのか、それとも「揺るぎない自信」なのか、いずれにせよ歌への共感、歌うことの喜びが部員の表情からひしひしと伝わってくる。

そして当然それは演奏にも反映され、見る者聴く者に深い感動を与えるのである。

特にNコンでは表情も大切とは聞いていたが、今回その本当の意味がわかったような気がした。

私はこれまで二中合唱部が大袈裟な身振りやわざとらしい不自然な顔をしないことを良しとすると書いてきた。

それはそれで間違いないし今でもそう思っているが、演者自身の迸る情熱や抑えがたい感情が身振り手振り表情に表れるのも、ごくごく自然なことであると改めて気付かされた思いがする。

特筆すべきは、二中のそれはどこまでも自然体であり、決して落ち着きのない、ざわついた合唱にならず、見る者を不快にさせないということである。

笑顔で指揮するマエストロの教えがまたひとつ花開いたようだ。


目頭を熱くしながら聴き進めていた私も、間奏終わりソプラノの「アーアーアーアーア♪」では目頭を押さえる有様。

ヴィヴァルディの最終章で聴いた、冴えたソプラノがアルプスのこだまのように「アーアーアーアーアーアーアー♪」と音階を駆け上がる場面が思い出されたのである。

そして「いま君のいる世界が辛くて泣きそうでも~♪」では我慢の限界、とうとう堪え切れず落涙してしまった。

この程度の歌詞で涙するほど私はヤワじゃないし、だいいちそんな感性も持ち合わせていない。

二中が悪い、二中の美しすぎる合唱パフォーマンスが涙腺を刺激したのだ。

確信犯による犯罪的に美しい合唱である。

「ひとりぼっちになって気付いた♪」

ここの歌い方は非常に重要であると私は考えている。

昨年「桜の季節」で鶴二が一枚上手と思ったのが、これから盛り上がろうとする「あーあー♪」と、「これからたくさんのー♪」で弾ける部分。

郡山二中はクセがない分きれいに聴こえたが、反面パンチ力に欠けたという印象もある。

東北ブロックを聴いた限りでは、メリハリは十分付けられていると感じたが・・・

素人がいい加減なことをいうのはよそう。

「ひとりぼっちにさせないから大丈夫だよ♪」

コンタクトに変えた学級委員長みたいなソプラノの子も笑顔がいい。(私よく見てるんです)

この子なら本当に誰かを救ってくれそうだ。(笑)


「強ーくなりーたいー♪」

アルトの「つ・よ・く♪」はあくまで強く、そして優しく繊細な二中トーンで「なりーたいー♪」と締めくくる。

この変化に私は感激しすぎて腰が抜けそうになった。

ここも大事なポイントで、他校はもっと劇的な「強くなりたい♪」に仕上げてくるかもしれない。

全般的に、今年は例年以上にメリハリをつけて演奏しているというふうに私は解釈した。

ハーモニーの透明感に歌の表情まで加わったらもう怖いものはない。

鬼に金棒、二中に金賞間違いなしだ。

楽曲自体が名曲なのか、それとも二中が名曲に変えたのかわからなくなってきた。

言えることはこの楽曲でも十分痺れるような感動が味わえるということ。

今回のブロック大会で初めて聴いた「プレゼント」という曲、押韻の関係かもしれない、A母音とO母音が多いように感じる。

人生のことー
起きるからー
思っていたけれどー
気付いたんだー
楽しみにしながらー
良いんだー
忘れちゃうからー

あーあーあーあーあー

いま君のいる世界がー
辛くて泣きそうでもー
気付いた本当はー
大切なー
いるんだってことがー
ひとりぼっちにさせないからー
大丈夫だよー


毎度毎度愚見を書いて恥ずかしいのだが、A母音は高音と相性が良く女声の美しさがより引き立つように思われ、だからこの曲は二中にうってつけというのが私の考えである。

母音云々はおいといても二中女声の美しさはやはり格別だ。

分厚い男声低音に支えられた正確無比なアルトとソプラノの華やかさは例えようのない美しさがあり、三者の強固なスクラムこそが二中混声合唱を次元の高いものにしているのだろう。


男声といえば、めったに男子の顔は見ないこの私が(笑)、なぜか眼鏡男子が多いことに気がいってしまい人数を数えてみた。

女子のご尊顔なら一目見ただけで脳裏に焼き付く私も、男子は皆同じ顔に見えてしまう。

そういえば今年は男声15人体制だった。(自由曲は16人)

それだけ女声陣が充実している証かもしれないと、ここはいいように解釈しておきたい。

さて眼鏡男子である。

どれもこれも皆同じような眼鏡かけて同じような髪型をしているから全然区別がつかない。

その中でも特に3人は顔までそっくりさんなんで驚いた。

もしかしてこの合唱部には三つ子が在籍しているのか?

似たような声質だろうから断然有利になりそうだが。

もしこれが女子生徒だったら、興味津々ただちに画面をキャプチャーして拡大、顔の作りからスタイルまで事細かに調べるところだが、男子はちょっと・・・。(笑)



【どんぐりというよりも、キョロちゃんって感じ】

「どんぐりの頭はなぜとがっている♪」

知るかっ!

そんなことより、どんぐりみたいな女の子が一生懸命歌っている姿に感動した。

いい表情で歌ってるので「どんぐりちゃん」と命名しようかと思ったくらいである。

でもどんぐりじゃズングリムックリした感じがするし、スリムな彼女に似合わない。

森永チョコボールの、なんて言ったかなあの九官鳥みたいなやつ、キョロちゃん?

キョロちゃんはその歌いっぷりで主力部員だとわかる。

ぜひ来年ソロを聴かせて欲しいものだ。


さてこの「どんぐりのコマ」、大昔にこの曲を歌ったはずなのだが、久しぶりに聴いてみて超がつくほど難しい曲だと改めて実感させられた。

その他大勢の木っ端部員だったとはいえ、大会に出場したのだから、当時は私もそれなりに歌えていたのだろう。

高校生でも難曲なのに、よく中学生が歌いこなせるものだと、二中の凄まじい実力を見せつけられた思いがした。

さらに二中はその超絶合唱を持って人を感動させるのだから、これはもう驚異的というしかない。

不協和音が生む神秘性を中学生がここまで表現するのだから恐れ入る。

昔の高校生より今の二中の方がはるかに上手い。

段違いというか、格が全然違うようだ。


この曲はソプラノだけでなく、アルトの職人技も楽しめるのがいい。

アルトはもっと歌詞を滑舌よく歌えと、顧問から厳しく指導されていたのを思い出す。

音楽室の裏でアルトが口を尖らせて「樫の木みんな小さなどんぐりとんがり頭の小さなどんぐり」ってやってたなぁ。

ソプラノもひたすら頭のテッペンから高い声を出す練習に勤しんでいたという記憶があるが、では自分は何をやっていたかとなると、まるで覚えてないのだから情けない。

たぶん今夜も練習で遅くなるだろうから、ソプラノの○○さんを家まで送っていこうとか、ろくでもないことしか考えてなかった気がする。

あの頃は意味もわからず歌っていた、というより正直歌わされていたという感じだったが、その点二中は偉い。

今年の二中には例年とは違う何かがあるように思うのだ。

自主性とか積極性といった単純なものでもなければ、曲への共感、歌う喜びとも言い切れない何かを感じる。

部員をよく観察すると、時々腕がピクッと動くのがわかる。

最初見た時はリズムをとってるのか思ったが、あの痙攣のような動きかたは普通ではない。

ハーモニーの力みたいなもの、自分たちで作りあげたハーモニーに自分たち自身が突き上げられるような感覚、もっと言うと、たくさんの振り子も最後には同期するような感じ、なにかそういったものを演奏中に感じたのではないか。

(バカの考えることですから真剣にとらないでいただきたい)

不協和音が決まった瞬間、教室の窓ガラスが鳴るという話を合唱関係者から聞いたことがある。

それに似た現象がステージ上で起こったのではないかと、私はモニター越しに想像した。

そう思わせるほど今年の二中の集中力は凄まじく、取り憑かれたように歌っていたと表現しても大袈裟ではあるまい。

取り憑かれるということはそれだけのめり込んだという証拠だから、何かを掴み、人を感動させる深い表現力を身につけたのだろう。

自由曲を歌い終えステージ袖に引き上げた時、演奏を無事終えた安堵とともに、達成感とは違う何かが胸にこみ上げ、何人かは涙を流していたのではないだろうか。

そんな想像をしながら、私も涙を拭った。



へたの横好き長談義、長々としまりのない文を書き散らしてしまったが、言いたいことはただ一つ。

「今年の二中は一味違う」

ここ数年東北ブロックを注視してきた私も、今年ほど感激したコンクールはない。

曲の魅力だけでなく、部員の熱い思いが例年になく伝わってくる大会だった。

そうなれば成績など二の次三の次、目標とする先輩たちの演奏を上回っているのは明らかだから、あとは思う存分歌うだけ。

自ずと成績はついて来るだろうし、万が一にも不本意な結果が出たとしても、これだけ歌えたのだから後悔はないだろう。

今回仮に二中が東北ブロックで終わっていたとしても、私はこの演奏で十分満足できる。

ただそれは無責任な外野が思うことで、全国大会では更に磨きをかけてくるに違いない。

めぐりあい、手紙、YELL、アイラヴ、証、fight、友、桜の季節、プレゼント。

今回で9年連続全国出場。

二中にとってもまた私にとっても、第82回Nコンが、曲名通りまたとない最高のプレゼントになるよう祈っている。





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