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どんぐりは樫の実、樫の木燃やして備長炭

2015年10月24日 11:39

良くも悪くもNHKホールの響きが印象を変えたように思う。

東北ブロックを聴いた時に感じた豊かな響きはどこへやら、ハーモニーがヤケにはっきりくっきり聴こえてくる。

自由曲を聴いた時に強くそう感じた。

毎年同じ環境で演奏しているのだから、今年に限って響きが云々は関係ないはずなのだが・・・。

二中のどんぐりも、五中のブルックナーも、ブロックでは感じなかった僅かなほころびが見えてきたのと同時に、緻密なハーモニーがよりいっそう高精細なものとなって聴こえてきた。

普段の私ならまず眠くなるはずの五中ブルックナーも、全国大会では、それまでの退屈感が嘘のように、それこそ目が醒めるような超絶演奏に聴こえ、自分の変わりように自分自身が驚いた。

前に書いたように、私はブルックナーの作品に傾倒したことはなく、何も考えず素直にその旋律に耳を傾けるしかないのだが、それなりのイメージは浮かぶものの感動を覚えたことはない。

今回の五中を聴いてもそれは変わらず、宗教色らしきものを少し感じただけで、旋律に心惹かれるということはなかった。

にもかかわらず、私の心に激震が走ったのは、ひとえに彼等の超絶合唱のせいである。

いかにも五中らしい選曲だというのは、東北ブロックの時にも感じたことだが、全国大会を聴いてそれが間違いではなかったと確信が持てた。

五中の誇る女声低音の魅力がいかんなく発揮された演奏で、分厚いのだけれど繊細で、女声高音と男声低音それぞれの顔を立てるようなバランス感覚の良さは、オーケストラでいえば第二バイオリンあるいはヴィオラのような役割を果たしているように思えた。

課題曲で聴こえたソプラノの透明な美しさはもちろん自由曲でも聴けるが、それでも、ソプありきというよりは、アルトありきで初めて冴えるソプラノといった感じがする。

私にはそれだけアルトパートの優秀さが印象に強かったのだ。

歌詞を知らないので歌詞のどこの部分と書けないのが残念だが、開始1分くらい、カメラが引いて全景を映す場面、シース♪と語尾が消えゆくところのハーモニーの静まり具合は秀逸。

静寂感、静謐感の表現も五中の十八番、いまや伝統芸のようになっているが(笑)、ここまでくると中学生合唱のレベルを超えていると言わざるをえない。

NHKがこの学校に金を授与しないのは、なにも課題曲が大人しいからとか、外国の宗教曲を演奏するからといったチンケな理由じゃないと思う。

みなさまのNHKが主催するコンクールで、こんな超絶合唱をしてはいけない。

これを聴いてしまうと、他の学校がみな小学生合唱に聴こえてしまう。

私には二中のどんぐりでさえ、少々幼く聴こえてしまったくらいだ。

自由曲だけ高等学校の部で歌うとか、名人芸はよそのコンクールでやってくれとNHKは思ってるんじゃなかろうか。(笑)

私には波のようなとしか形容できないが、耳を澄ませていると、波間に身を任せているような感覚、浮遊感のようなものをその演奏に感じた。

退屈にしか聴こえないブルックナーも、こういう演奏で聞かされると、曲の魅力を認識させられるようだ。

名演奏とは楽曲の魅力をたっぷり味わわせてくれる演奏だと私は信じているが、その意味でも五中ブルックナーは大成功を収めたと言っていい。

私の鈍い感性はそれでも退屈な曲に変わりはないけど・・・(笑)


さて二中のどんぐりである。

歌い始めから秋の淋しい気配を漂わせている。

だいたい合唱コンクールそのものが秋に行われることが多いから、この出だしを聴くと、歌詞とともに私も練習した秋の夕暮れ時を思い出した。

ソプラノは10人、あれっ、また九頭身の子がソプラノへ出張させられている。(出張手当さしあげて!)

男声の「もういいかーい♪」を聴くと、その昔合唱部顧問がパチパチと手を叩いてダメ出ししてたのを思い出す。

「だめだめ テナーそうじゃないでしょ 流れに乗って入りなさいって何度言えばわかるのよっ!」

カンカンになって怒りしまいには控室に姿を消してしまうことも多かった。

そこへいくとさすがは二中、流れがスムースだ。

「どんぐりは私たち一人一人です。これから飛び立つ未来への希望と個性を大切にする気持ちを表現したいです」

テロップの文言を読みつつ、全音符みたいな子を眺めていた。

音符みたいな顔してても(笑)、いやだからこそ、実はピアノの名手だったりするんだろうなと想像したりする。

どんぐりのコマってそういう歌だったのか?

はるか昔に歌ったことがあるだけで、歌詞にどんな意味が込められているかなんぞ考えたこともない。

私自身は、かつてタモリが言ったように、「歌によけいな思想やメッセージはいらない」と考えるタイプの人間で、それらしい言葉と美しいメロディーが聴ければそれでいいと思っている。

もっとも歌う方は、歌詞の意味を読み取らなければ深い演奏にはならないだろうけど。

だから○○中の自由曲などはタイトルを見ただけでうんざりするのである。

それはおいといて、どんぐりの歌詞を深く考えたこともない私は、彼等の思いがどこまで伝わってくるか楽しみにすることにした。

バス、テノール、アルト、ソプラノの順で「もういいかい~♪」を小さいフーガのように歌い、「一番大きなどんぐりきいた♪」の後、「一番大きなどんぐりゆけ大きな樫の木になれ~♪」の部分は圧巻だ。

ここからのたたみかけるようなハーモニーは圧倒的で、鬼気迫るようなと言っても過言ではないほどその集中力は凄まじく、聴き手も思わず息を飲むような演奏だった。

また言葉が非常に明瞭に聴こえたことも特筆すべきで、当然彼等の努力はあったとしても、音響の悪さがスッキリ効果をもたらしたようにも思う。

逆に高音の一部が突出して聞こえてくるのは、ホール音響のデメリットが出てしまったせいかもしれない。

このホールはいい意味でも悪い意味でも全てをクリアーにするし、反面なかなかハーモニーが溶け込んで聴こえてこないという印象がある。

そんな環境下にかかわらず、あれだけ密なハーモニーを作り上げている二中五中には、ただただ驚くしかない。

五中の宗教曲はアンコン会場が、そして二中はサントリーホールでの演奏が、もっとも音響効果が望め演奏も生きそうな気がした。

「カラカラ回れ~♪」を歌っていたのが誰かも初めてわかった。

女子にひとり、男子にもひとり、どんぐりみたいな子がいたが、いずれ立派な樫の木になるのだろう。(笑)

後半は、さすがに緊張で疲れたのか、ほんの僅か声に張りがなくなったように感じられたが、私の思い過ごしかもしれない。

たぶん聴いてる私の方が緊張に堪えられなくなったからだろう。

歌う方も緊張するだろうが聴いてる方だって緊張するのだ。

なにしろ、毎年毎年今年こそはと思って、失敗しないように手に汗握りながら聴いてるわけだから。(笑)

明るい歌声そのものが「未来への希望」を感じさせ、互いを尊重しあって作る美しいハーモニーは、「個性を大切にする気持ち」があってこそ成し得るものに違いない。

もちろん後付けもいいところの感想、理屈である。(笑)

彼等がどんな思いを歌に込めたかなんて私にはわからないし、そもそも関心がない。

「歌は語れ」の言葉通り、彼等は一生懸命語っていたように思う。

だからただただ聞き惚れていた私でも、なんとなく彼等の言わんとするところがわかるような気がした。

それは大きな勘違いかもしれないが、それならそれでいい。

今年は、課題曲自由曲ともに、本心から愛情を持って歌っているような印象を受けた。

これまでがそうじゃないとは言わないが、同じ難曲を演奏するにしても、難曲へ挑戦する意気込みや達成感は別にして、やはり外国の宗教曲よりは日本語楽曲の方が感情移入もしやすいだろうし、等身大で歌えることを喜んでいるのではないかと思ったのだ。

曲のレビューというより私自身のレビューになってしまったが、確かなことは今年二中が歌った「どんぐりのコマ」が、稀に見る名演だということである。

昔高校生だった私が歌った「どんぐり」なんか足元にも及ばないのは言うまでもなく、動画サイトにあるどの「どんぐり」よりも精彩を放っていた。

選曲と解釈と合唱力、三位一体のスーパー合唱はそうはない。

今回ばかりは二中マジックを見せられたようだった。
  

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郡山二中で合唱やってましたと言ってみたい件

2015年10月22日 21:19

全学校の部員数を数えたわけではないが、郡山二中、五中は部員が極端に少ないように見えた。

ざっと数えたところ、鶴川二中は70人以上、他はだいたい60人くらいが在籍しているようだ。

東京だから多いというのはわかる気がするが、人口30数万の郡山が40人くらいしかいないというのはおかしい。

郡山の2校は、合唱名門校であるがゆえに練習の厳しさが予想され、恐れをなして入部してくる生徒が少ないのではないかと想像するのだが、実際はどうなのだろう。

音楽活動の盛んな街だから、小さい時から何かしらの音楽教育を受けている子が多そうだし、中には天賦の才に恵まれた生徒もいるに違いなく、自分がそういう仲間と一緒に活動できるのかと不安を感じる生徒もいるかもしれない。

おそらくはほとんどの生徒が合唱初心者として入部し、日々の鍛錬を積み重ねた結果、驚くほどの大合唱をしてみせるのだと思うが、新入生がそこまで思い至るのは難しいだろう。

もし私が、「来月から二中合唱部でテノールやれ」と命令されたら(笑)、とたんに十二指腸潰瘍になり、胃腸薬をがぶ飲みしなければならなくなるだろう。

部員には会いたし、されど練習についていく自信はなしで、不登校寸前まで家に引きこもるに違いない。

名門合唱部への入部は、やはり相当のプレッシャーがある。


二中の43人というのも他校に比べると少ないが、五中は38人ともっと少ない。(この2校はしっかり数えた)

五中に限って言えば、予備部員を含めたNコン出場予定者だけを集めたのではないかと勘ぐってしまうほどだ。

両校とも少数精鋭主義なのだと思えばいいのだろうが、他校がみな60~80名近くの部員を抱えていると思うと、少し不安にはなる。

かといって枯れ木も山の賑わいでは楽都郡山の名がすたるしで、なかなか難しそうだ。

「テレビに映れます」 「全国各地に演奏旅行できます」 「美男美女が指導してくれます」 「将来有名人になりそうな仲間と出会えます」 「高校なんか鼻歌歌って進学できます」 「藝大への近道です」 「二中合唱部出身と言って威張れます」 「部長になったら大手企業への就職が保証されたも同然です」

等々、アピールする必要もあるのではないか。

タラレバ願望言ってもしかたないが、もし私だったら、「二中合唱部出身です」と鼻高々に言ってふんぞり返ってみたい。(笑)

自慢高慢馬鹿のうちと蔑まれてもかまわない。

そしてNHKホールに駆けつけ、先輩風吹かせつつ後輩を激励するのである。

かつて所属した合唱部にこういう先輩が何人かいて、演奏会会場にはいつも誰かしら先輩が顔を見せ、頑張ったねとか惜しかったねとか、要らぬコメントを残していくのだった。

現役部員にとって先輩の応援は心強く有難いことだと思いつつも、無用の励ましと賞賛を投げかけてくる先輩部員が正直煩わしく、面従腹背、微笑み浮かべながらも心中は、善意の先輩風を吹かせているのがわからないその無神経さに腹が立ち、アンタも暇人だなぁくらいにしか思わず、早々に話を切り上げバスに乗ったものだ。

これが二中となると話が違ってくる。

先輩風だろうが二中風だろうが、盛大に吹かしまくってやればいいのだ。

後輩はおろか、周囲の大人までが振り返って羨望の眼差しで見つめてくるに違いない。

ふんぞり返りたい気持ちをぐっと抑え、いい演奏だった、感動した、輝いてたとか、褒めちぎるだけ褒めちぎって颯爽と会場を後にするのだ。

周囲の人はさすがは二中だと感心し、その様子は直ちにTwitterで全国に広がるのである。

現役二中部員になりたいとは思わないが、二中OG、二中出身のオジサンならなれるものならなってみたい。(笑)



銅賞はどうしよう?

2015年10月21日 23:14

全国大会当日の各校の演奏に対する印象と、後日改めて聴き直した時の印象が違うということは誰にでもあるだろう。

私なんか、後日どころか聴くたびに感想が変わってしまう有様だ。

一本ビシッと筋の通った考え方を持ち、聴き方ができる人はいいだろうが、素人はそうはいかない。

あっちにフラフラ、こっちにフラフラ漂流しながら聴き入ってるのである。

筋が通っているのは見た目の審査くらいだ。(笑)


全国大会の中継を見ながらの自己審査では、金賞郡山二中、銀賞鶴川二中、銅賞郡山五中と北陽中だったが、結果、順位は外れ、北陽中の入賞もなかった。

なぜ北陽中を銅賞と思ったのか、それは自由曲がよく演奏できていると判断したからである。

「子猫のピッチ」「ゴリラのジジ」は、二中の「どんぐり」同様、超ハイテンションを要求されそうな難曲に聴こえたが、私の耳ではそれなりに歌えているように思え、ここが銅賞の一角を占めると予想した。

今思うと、課題曲でところどころ見えたアラを忘れ、自由曲に重きをおいて評価していたのだろう。

これも反省しないといけないのだが、札幌の市立中学はどこも真栄中みたいな制服なのか。

赤いリボンとチェックの上下は真栄そっくり、そのせいか声質もどこか似ているような気がした。

真栄が校名を変更して登場したのかと思って演奏より制服に目が眩んだ、というより真栄ブランドに惑わされた感が強い。


私の中で北陽中と僅差だったのが、富山大付属である。

なぜ気に入ったかというと、声がとても良く揃っていて、どことなく郡山二中に演奏スタイルが似ているように思ったからである。

声を張り上げず、クセを感じさせない上品な歌い方は顧問の指導の賜物なのだろう。

北陸の二中という印象だ。

また、自由曲の選曲も素晴らしく、少し高音が無理している印象はあったものの、歌に込められた思いのようなものがよく伝わってきたし、久々に本来の中学生合唱を聴いた気がした。

若い顧問のセンスが光るこの学校、今後さらに伸びて行くに違いない。

余談ではあるが、郡山二中についで美人部員が多いのもこの学校の特徴だ。

表情が自然だからなおさら美しさが引き立つというのも二中と共通している。

歌で私をごまかせても、私の目はごまかせない。(笑)

郡山を除けば、私には富山大付属が最も好印象だった。

北陽のかんちょう娘がインパクトあるコメントをしてなかったら、たぶん私は富山の方を銅賞としただろう。(どのみち外れるわけだが)


ブロックコンクールを聴いて上位4校に食い込むと考えていた大妻中野中だが、全国大会では意表を突かれたというか、私が抱いていたイメージとは大違いの演奏だったので、当日審査では入賞すら考えなかった。

上手い下手という話ではなく、まったく私とは相容れない演奏だったからである。

武庫川女子の中学生らしい声に較べ、同じ女声でもこんなに違うものかと、圧の強い歌声に私はたじろいだ。

中継を見ている時は声と演奏に違和感があった大妻だったが、後日、ここは素晴らしいと思った箇所がある。

2番の「難問解決プログラムなのかと思っていたけれど 気付いたんだ~」

主旋律に続いて「気付いたんだ♪」と低音で歌われるところは、混声バスとは違う旋律が使われていて、印象的な旋律は、大妻の低音ととても相性がよく、ごくごく短いフレーズだが、立派な声を出す大妻中野ならではの落ち着いた女声低音が楽しめると、私は非常に気に入っている。


斐川西中も比較的好きな演奏だった。

トップバッターというのは誰しも嫌うところだろうが、開き直って思いっきり演奏するには案外いいポジションではないかと、無責任な傍観者である私は思ったりもする。

「友 旅立ちの時」の二中もそうだったが、言葉は悪いが、半分ヤケクソみたいに(笑)開き直って演奏する姿は、賞取りには極めて不利だと承知しているぶん、そこに日本人独特の潔さみたいなものを感じてしまう。

中国地区代表ということで親近感が湧いたせいか、ハンディをものともせず懸命に歌う姿はとても好印象で、学校紹介通り斐川西の強みであるハーモニーは、さすが出雲と思わせた。

郡山を洗練された更科そばに例えるなら、斐川西は出雲そばそのもので、飾らない素朴な力強さと元気いっぱい活きの良さみたいなものが歌声から感じられた。

緊張からだろうか、課題曲の歌い出しがもっとスムースに行っていたらもっと上位につけていたのではと思う。

自由曲「葬送のウムイ」は得意なハーモニーを活かすための選曲なのだろう。

背伸びして歌っている印象もあるが、波紋のように広がるハーモニーは美しく、聴き応えがあった。

ついでに言っておくと、ハーモニーの美しさとともに顔面の美しさも見応えがあったように思われる。

逸材がチラホラ見受けられるのは、中学だけでなく、松江北高でも同じ。

高校部門はまったく興味がないと言いながら、そっち方面のチェックは怠らなかった。(笑)

島根といえば美人の産地ということになっているが、こんなのは最近になって急に誰かが言い出したことで、私なんか30年も前からとっくに気付いていた。

田中美佐子、竹内まりや、川上慶子、江角マキコ・・・

4人しか思い浮かばないが(笑)、実際に松江や出雲を歩いていると、神戸や博多なみに美人が多いのに驚く。

これまで十回とは言わず訪れているが、超絶美人が出迎えてくれる某ビジネスホテルを定宿と決め、控えめながら心のこもった(そう私には思えた)対応にはいつも感心させられ、帰宅すると真っ先に予約サイトに賞賛コメントを書き込んでいる。

山陰という地味な土地柄と少ない日照時間が、控えめな性格の色白美人を育むのだと思っていたが、それだけではないのかもしれない。

郡山がそうであるように、出雲も合唱の盛んな地域であることを考えると、合唱が美容効果をもたらすという私の説もあながち間違ってはいないような気もする。

それにしてもこの学校、いったい何人合唱部に在籍してるんだ?

ざっと見たところ軽く60人はいるんじゃないか?

そんなにいるのだったら、合唱留学を名目に、二中に越境入学させてもらって特設部員になるといい。(笑)


部員といえば、学校によってずいぶん部員数に差があるもので、特に郡山の人数の少なさが目立った。

長くなったので、その辺のことはまた今度書く。



感謝の気持ちを忘れずに!心を込めて書いてます!

2015年10月20日 22:11

学校紹介映像が演奏そのものよりも面白いと思うのは絶対私だけじゃないと思う。(笑)

シャキーン!という音とともに二中の玄関風景が映し出される。

これを見るため一年間頑張ってきたのだ。

美術部が合唱部のために描いたという絵を見ながら語り合う3人の幹部に目が止まる。

1年生の時から全国大会に控え選手として出場していたので顔はよく知っているが、笑った表情とか声などは当然わからない。

こういう優しい声を出すんだなと、新発見でもしたような気分になる。

でもどこかで見たような、誰かに似てるような気がしてならない。

誰だろう?

カメラが寄って彼女が笑顔になった瞬間、私の脳裏にひらめいたのが、テレビ東京の狩野恵里アナだった。

笑った時の目元なんかそっくりじゃないか!

今年度のメンバーは有名人に例えにくく苦慮していたのだが、やっとこさ見つかった。

狩野さんはパートリーダーなのかな?

わからないが、この人も実力者であることは間違いない。

受験放ったらかしにしてでもアンコンに出場して欲しい人材である。

もう一人、ブロックコンクールの時には気付かなかったが、実は忽那汐里に似た子もいるようだ。

まぁいずれ彼女にも登場してもらうことになるだろう。(笑)

全員集合シーンも今年は少し変化が見られた。

感謝の気持ちを忘れずに! 心を込めて歌います! チーム二中絆! オー!!

アルトの彼女も1年生からオンステしている実力者である。

この人も誰かに似ている、そんなことばかり考えて見ていたのだが、どうしてもイメージが結像しない。

彼女にとっては幸いなことである。

部長さんの落ち着きにも感心した。

声も態度も実に賢そうで、さすがは二中合唱部の部長だけのことはある。

「チーム二中 絆!」と宣言した後の、一呼吸おいた「オー!」が合唱部全体の落ち着きを想像させ、こういうところにも部長の威光みたいなものが見て取れる。

私の限りなく妄想に近い想像によると、今年のチーム二中は絶対キャピキャピチャラチャラなどしてないはずだ。(笑)

もし誰か浮ついた部員がいたら、寄ってたかって袋叩きにしそうな雰囲気がある。(笑)

もちろん冗談だが、私の目にはそれだけ今年のチーム二中が強い絆で結ばれていると映ったのだ。

映像で見る限り、部員は女子が24名、男子が19名で、部員総数43名。

女子の半数が3年生で今年いっぱいで引退と仮定すると、残りの女子は12名。

Nコンでは最低20名くらいは必要だろうから、新入部員を少なくとも10名くらいは確保しないと大変なことになりそうだ。

もちろん女子特設部員(そんなものがあるのか知らない)も必要となってくる。

私の理想を言わせてもらえば、毎年少なくとも10名、多い時で16名くらいがコンスタントに入部してもらえると嬉しい。

16名を上限にしたのは、これ以上だと顔が覚えきれないからである。(笑)

Nコンに絞って言うと、基本的にオンステできるのは3年生と2年生だが、幹部候補育成のため経験を積ませるという意味で、みどころのありそうな1年生も若干名加えてもらえると有難い。


学校紹介ビデオは本当に興味深い。

来年から前大会の入賞校については学校紹介を数分長く放送してみてはどうだろう。

実力校に関心があるのはなにも私だけでなく、入賞を狙う学校だって、強豪校の練習風景など興味深々のはずだ。

スペシャルステージなんか止して、そのぶん学校紹介に割いた方が、喜ぶ視聴者は多いと思うんだけどなぁ。


堪え難きを堪え 忍び難きを忍び 

2015年10月19日 22:53

私情を挟むどころか、私情100%で書く。

何度聴き返しても二中以外考えられない。

僅差だったとか、Nコンの趣旨に照らした結果とか、そういったおためごかし的素人見解はいらない。

たしかに昨年は課題曲自由曲ともに一歩譲った感があったが今年は違う。

二中の圧勝とまでは言わないが、かなりの得点差を持って二中の勝利というのが実感である。

もちろん音楽に関しては素人なのだから、演奏について細かい指摘が出来るわけではない。

あくまで私の主観による、客観性ゼロの評価である。

それでも同じ曲を何度も何度も繰り返し聴いていると、好き嫌いとは別に、上手いかそうでないかくらいはわかってくるものだ。

特に表現力に関しては、音楽専門家なんかよりむしろ素人の方がわかってるんじゃないかと思うこともある。

なんせ私は二中の課題曲自由曲をゆうに数百回は聴いているのだから、なかじっかな役人審査員よりは耳が鍛えられているはずだ。

もちろん二中だけ聴いていたのでは審査もへったくれもないわけで、全国予選を勝ち抜いてきた某中学と某々中学を審査対象に加えた。

いずれも広く知られた強豪校である。

3校を厳密に審査するうえで最も気を使ったのが、見た目で騙されてはいけないということである。

見た目の問題というのが実は審査においてはたいへん大きな影響力を持つことを、私自身痛いほどわかっている。

それゆえに公正を期すため、視聴する時にはブラインドテストよろしく目をつぶり耳だけに神経を集中させたし、またある時は3校の演奏を音声ファイルにしシャッフルさせて聴いたりもした。

涙ぐましい奮闘努力の結果、私は二中が一位と判断したのである。

ちなみに、目を開けて普段通りの審査を行ったところ、案の定、二中のぶっちぎりで全然勝負にならなかった。

この事実については後日時間をかけてゆっくり論じたいと思っている。(笑)


課題曲の初めから自由曲の終わりまで、レビューを書きたいのはヤマヤマだが、時間と文章力が限られる中、今回は一部抜粋したものを読んでいただこうと思う。

3校の違いが最もよくわかるのが、課題曲の終わり部分である。

「ひとりぼっちにさせないから大丈夫だよ その言葉返せるように強くなりたい」

(歌詞を見ずともスラスラ書けるようになった)

私はこの部分を3校がどのように演奏しているか、動画を編集し、そこだけ抜き出して聴き比べてみた。

某中学は、小学6年生が卒業文集に書いた自分の夢を教室で音読しているような印象で、高音がとても幼く聴こえる。

課題曲に限って言えば、あっけらかんとした子供らしい合唱というふうに私には聴こえた。

ただそれとは別に、人を惹きつけ、心を揺さぶる歌い方、抑揚の付け方なんかは実に上手く、選曲も含め人を感動させる術を心得ているというのがこの学校の最大の強みのように思えた。

某々中学は、入院中の生徒がむりして元気を出そうとしているような、繊細だけれども弱々しい印象が拭えない。

あまりに声が大人びているせいか、歌声に青春の息吹など微塵も感じ取ることは出来なかった。

しかしこの学校、音程の正確さとハーモニーの融合感は比類がなく、まるで波打ち際に打ち寄せられる細かい砂粒が広がっていくような、その広がり方からある種の法則が導き出されるのではと思うほど数学的な美しさがある。

ただそれだけに、もっと・・・という気持ちが強い。

そこへいくと我等が二中は、いや、我が二中と言わせてもらおう(笑)、現役バリバリの中学生が、未来を信じ、希望にあふれた若い声で力強く歌っていて、理想の道を突き進むイメージだった。

ソプラノという女声楽器の美しさはこの学校の伝統であると言ってもよく、その音色は明るく艷やかで品が備わっているのが特徴である。

今私は女声楽器と書いたが、主旋律を歌う時やアルトと掛け合いをする時は艶やかなヴァイオリンのようであり、時に管楽器のような効果ももたらすことに気付かされた。

管楽器の一発は弦百丁に優ると言った指揮者は誰だったろうか。

弦楽器の艶やかな音色に人は癒される。

音楽に身を委ね、徐々に感情が高まってやがて頂点を迎えようとする時、必要なのが管楽器の一発である。

ここぞという時のパンチ力は管楽器に敵わない。

「大切な人が~いるんだってことが~♪ ひとりぼっちにさせないから大丈夫だよ~♪ その言葉返せるように強くなりたい~♪」

ここの管楽器効果は見事で、慰めも励ましも、元気も勇気も友情も、すべてここに見ることが出来る。

残念ながら他の2校には、元気勇気はあっても慰めが足りなかったり、反対に友情や慰めは十分だけれども元気勇気が感じられなかったりと、すべてを満足させていたのは二中だけだったと断言していい。

あっぱれ二中ソプ!

郡山で育まれた者にしか出せない音色があるとしたら、こういうソプラノを言うのかもしれないと、つい大袈裟なことまで考えてしまうのは、私の悪いクセだ。

賢人アルトも目を見張るような歌いっぷりだった。

今年ほどアルトに熱中したことはない。

いつも脇役に徹しているようなアルトも、今年は主役に躍り出たという印象がある。

弾力性のあるその歌声は私を魅了した。

もしアルトがソプラノに負けていたら、プレゼントもどんぐりも、どんなにかつまらないものになっていただろう。

見てくれは審査の対象外と言ったが、歌も見た目も例年以上にパワーを感じさせた。

背筋を伸ばして「つ・よ・く♪」と歌うアルトにどれだけ私が感動したか!(目を閉じたら瞼に浮かんだ)

実に凛としたアルトで、思い出しただけでも泣けてくる。


ソプラノひとつとってみても学校によってずいぶん声の印象が違うようだ。

美しくまとまっているけれど小学校高学年の声だったり、とても繊細で美しく響くのだけれど溌剌さに欠けた声だったりと、この課題曲に相応しい声を出せていたのは二中だけだった。

「何も足さない何も引かない」はウイスキーの宣伝文句だが、私は二中の合唱にもあてはまると考えている。

目指すは透明感のある合唱と言うけれど、その声は決して無色ではない。

パステルカラーでもなければモノクロでもない、もちろん極彩色とも違う。

光の三原色のようなというか、均等に混ぜると白色になって、加減によって何色にでも変化させられるような・・・

一口に白と言っても様々な白がある。

二中の白色、言い換えれば二中カラーのようなものがあって、「何も足さず何も引かず」の混じり気のない音を響かせるから、人はそこに透明感を覚え魅了されていくのではないか、私はそう思うのである。


声質が審査にどう影響したのかなんて、実は私にはどうでもいいことである。

ただ、二中の歌声がこのうえなく好きで感動させてもらえればそれでいい。

銀賞は郡山二中と発表された時、二中生が悔しがるでもなく泣くでもなく、歓声を上げ素直に受賞を喜ぶ姿はとても清々しかった。

彼等は正しい、悔しがる必要など1%もない。

かつてない高水準の合唱を全国に鳴り響かせたのだから。

私が籾井会長だったら、審査結果などおかまいなしに職権で、迷わず二中部長に金賞楯を渡しただろう。

大問題に発展して後々国会招致されて弁明を迫られるかもしれないが、その時はその時、説明責任を果たす自信はある。(笑)


課題曲のわずか10分の1を書いただけでこんなに長くなってしまうのだから、とてもじゃないが全部を書き切る自信はない。

空手形になる恐れが多分にあるが、できれば課題曲の初っ端からレヴュー兼審査過程を書いてみたいと思っている。

それが無理ならせめて感動したところだけでも(全部を意味する)、思いつくまま書いていきたい。

ここまでお付き合いいただいた方に心より感謝します。




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