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長澤まさみと「隠し砦の三悪人」

2009年03月14日 08:30

今週BS2で黒澤明監督「「隠し砦の三悪人」が再放送された。

昨年秋に放送された時は大雨のため受信状態が悪く最初の30分がよく判らなかったが、今回はバッチリ。

半世紀も前の1958年に、こんなにスリリングな映画を作れるなんて、黒澤監督は偉大というほかない。

雪姫の演出など不自然なところもたくさんあるのだが、それが問題にならないくらいに脚本がいい。

さほど映画は見てないが、痛快娯楽映画の頂点に立つ作品と言っていいのではないか。

    1
       上原美佐(新人)と三船御大

    2
       雪姫と三悪人

    3
       元祖雪姫も相当に脚が長いぞ 


さて、その現代版というかリメイクというか、あるいはリボーンというのか、長澤まさみ版「「隠し砦の三悪人」についてである。

正直あまり評判はよろしくないようだ。

ストーリーが、雪姫(まさみちゃん)と武蔵(松潤)のラブロマンスになったのは許せないといったものが多かったように思う。

確かにそうとも言えるが、私は少し違った感想を持っている。

機転を利かせて敵陣を突破する場面は、まさに痛快でありこの映画の醍醐味であるのは当然である。

私がいいと思ったのは、黒澤版には無かった雪姫の心の葛藤がじっくり描かれていたことだ。

雪姫は逃亡中、秋月の民は本当に主君(雪姫)を必要としているのだろうか、また自分が民の上に立つ資格があるのだろうかとか自問する。

その悩みに答えてくれたのが武蔵だったのではないかと思うのだ。

自身の父親を侍に殺されたと考えている武蔵は、武家の雪姫にも反発するが、雪姫の純粋な気持ちに触れて少しずつ気持ちを通わせ、とうとう身分の違いを考えずに恋に落ちる。
(身分違い、タメグチ、そこらへんが許せないというのもわかる気もするが・・・)

家来である六郎太(阿部寛)が全力で姫を守り、城で働いていた下女までが身を挺して自分を守ってくれた。

ついには武蔵たちまでもが身の危険を顧みず自分を死守してくれる。

周囲の人間の思いに、まさみ姫は君主はどうあるべきかを気付かされる。

「隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS」は、痛快時代劇という主題と、雪姫の成長物語という副主題を持った映画だと私には思えた。

ひとつ気に入らなかったことは、「裏切り御免」の名台詞が軽々しく扱われていたことである。

無理やりこの台詞を言わせたとしか思えなかった。まさみちゃんも松潤も。

この映画や「天地人」を見て、改めて、長澤まさみちゃんは時代劇にぴったりな女優だと思った次第である。

     e.jpg
       何をやってもカッコいい阿部寛 乗馬は芸能界随一とか・・・
       声も渋くていいが、まさみちゃんと同じくカツゼツがイマイチか?

     b.jpg
       何をやっても美しいまさみちゃん 凛々しさが素晴らしい

     f.jpg
       宮川大輔が結構いい味出してたと思う




コメント

  1. バグ | URL | -

    Re: 長澤まさみと「隠し砦の三悪人」

    こんばんは世寡虫さん、ごぶさたしています。
    隠し砦、黒澤版も樋口版も未見なので(レンタルにここ2年ほどいってません、返すのが面倒でついおっくうになった手前もあって)、貼られた写真を見た印象でふと思ったことを書きます。
    以前、時代劇の史実性と時代考証はどこまで許容されるかということについて、拙論を書きましたけど黒澤版「隠し砦」を見て黒澤明はやっぱり嘘のつき方が上手いなあと思いました。
    たとえば上原美佐が履いているのはショートパンツと言ってもいいくらいの半ズボンですよね。
    三船も千秋実も藤原鎌足も同じように履いていますが、戦国時代にこのようなものはありません。
    黒澤は「用心棒」でも仲代達矢の町の顔役にマフラーを巻かせています。
    勿論、江戸時代にこんなものはありません。黒澤のこうした西部劇映画にヒントを得た演出方法は後の時代劇映画やドラマにも大きな影響を与えています。
    そのことを考えると、時代劇の文法が歴史的事実はあるもののそこに何がどう関わっていたのかは歴史家が文献で類推して学問のように体系的に編纂していくようにはいかない、むしろそこからあふれ出てしまった部分を肉付けすることが時代劇の文法であるなら、それが史実の人物であれ全くのフィクションであれそう描かざるをえないことを踏まえ作り手がどういう嘘をついてくれるかにかかってると思いました。
    最近の時代劇がツマラナイ理由には上手い嘘をついてくれない、なんというか嘘を嘘として描いてしまう脚本家の力量のなさにあるのかもしれません。
    勿論、脚本家は嘘を嘘として描こうという気はないだろうけれど有り得なさを役者の魅力、力量でカバーさせる大河ドラマでは返って粗が目立ってしまいますね。
    わかりませんが、黒澤明がなぜ上原美佐を起用したのか考えてみると、三舟以下、千秋、藤原の男臭くムサいトリオの中で一服の清涼剤として置いておくだけでいい絶品の女性として選んだのかもしれません。
    そう考えると樋口版の3人は宮川を抜いては整いすぎてるわけですよ。
    大河ドラマも、ムサい男臭い役者はほとんど重要人物役で出てませんもんね。
    ふと考えたというわりには結局、役者がいい男過ぎるから重厚さがない、と言ってるだけでした(苦笑。
    上手い嘘をついて欲しいけど、それには役者の再考から始めなきゃなりませんが、そうすると視聴率をになっている女性たちが見なくなるということもあり仕方のない部分もあるんでしょうが、まあ難しい問題ではありますよね。
    結論が難しいでは意味ありませんね(苦笑、失礼しました。

  2. 世寡虫 | URL | dKmeQNGg

    「隠し砦の三悪人」について

    こんばんは、バグさん!
    「隠し砦の三悪人」長澤版(こう呼ばせて頂きます)は、映画に詳しい人達から見ると、きっと噴飯ものに違いありません。
    仰るように美男美女のオンパレードで、ムサイ感じは一向に出ておらず、ジャニーズ事務所と東宝が手を組んで樋口監督にさあ、つくれ!と迫ったものではないかと邪推してしまうような出来栄えです。
    松潤ファンから罵倒されることを覚悟で申せば、彼の存在感はまるで薄く、長澤まさみを引き立てるためだけにあったように見えました(まさみびいきの私の言うことですから話半分に聞いて下さいね)。
    まさみ、松潤それぞれのファンがヒロイン、ヒーローを見て楽しむ映画なのかもしれません。
    その意味では私自身は十分に堪能できたのですが。

    > 最近の時代劇がツマラナイ理由には上手い嘘をついてくれない、なんというか嘘を嘘として描いてしまう脚本家の力量のなさにあるのかもしれません。

    私もそう感じています(バグさんのように的確な表現はできませんが 笑)。
    長丁場の連続ドラマは、映画よりもはるかに脚本が大事になってくるのかもしれません。
    嘘を嘘と感じさせない、見る者に違和感を抱かせないドラマ脚本は相当な筆力がないと無理なのでしょうね。 
    あとは演出ですかね。優れた脚本なら多少の演出の問題は吹き飛ばしてくれますが、最近のドラマに限って言えば本よりも演出(起用した俳優やタレントをいかに引き立たせるか)に力点が置かれていると感じます。いや、本自体がその俳優を引き立たすために書かれているのではないかと思うことさえあります。
    役者ありきで書かれる脚本もいいのですが、まずは優れた脚本があって、それを地味でもいいから上手な役者が演じる作品を見てみたいですね。
    そういう意味で黒澤版「隠し砦の三悪人」は、黒澤グループ4人が知恵を絞った脚本を、三船敏郎(大いなる大根役者かも)と上原美佐(完全に棒読み)、千秋実と藤原鎌足、藤田進といった名バイプレーヤーが各々の個性を思う存分発揮させた類まれな映画だったと言えますね。

    まもなく4月、春ドラマがスタートしますが、心に沁みるズドーンとくる物語が見られるといいですね。

    わけのわからないことを、ながながと申し訳ありません。
    バグさんにはいつも勉強させてもらって感謝しています(笑)。
    懲りずにまたご訪問下さい。ありがとうございました。

      

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