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天地人第37回~初音への招待状

2009年09月13日 07:12

兼続が直江状を叩きつけ、家康が上杉討伐に立ち上がる。

関が原合戦の始まりである。

「天地人」、最大のヤマ場だ。

景勝が兼続の意見を退けて家康を追撃しなかった、その理由をどう説明するのか見てみたい。

逃げる相手を追撃するのは“上杉の義”に反するから、そんな甘っちょろい考えの景勝ではあるまい。

兼続も三成も天下を取りたいという野望を持っていたが、景勝は領国会津を守ることに重きを置いていて、それゆえ兼続が三成に深入りするのを快く思っていなかったのではないか?私はそう思っているのだが。

そのへんが今日のお楽しみである。

ところで、初音は三成とのんびりしているようだが、この後どうするのだろう?


           kanetsua1.jpg
            さて、何て書こうかのぉ?
                          
           ieyab2.jpg
           『前略、初音さま。
           心のこもった大きなおにぎり、ご馳走さまでした。
           三成が家康を討つそうですが、初音どのはどうするつもりなのですか?
           もしよければ会津に来ませんか?ここならお涼もいませんし、お船も
           今は上方です。家康もおそらく会津までは攻めてこないでしょうから
           二人で逢瀬を楽しみましょう。                 兼続 涙草々』
           なんじゃこれは!

           37tcjb.jpg
            今度は「土曜スタジオパーク」に呼ばれてなー
            いいな治部さま 私もクランクアップしたから呼んでもらえるかな?



コメント

  1. バグ | URL | -

    Re: 天地人第37回~初音への招待状

    面白いですね。
    私は伊達政宗が加勢してくる、つまり家康を追って会津を空ければ南下してくる怖れを景勝が抱いたのでは?と思っているんですが。
    関が原は陣形を見れば圧倒的に西軍(三成方)が優勢であろうと、明治期にロシアの将軍も当時の配置図を見てそう語ったようにけして家康側が有利だったわけではないですし、小早川秀秋が寝返らなければ東軍は負けていたと言われるように歴史はif?の積み重ねですからいろいろ推理すると面白いですね。
    直江状を現代語訳にというか、今のヤンキーが売られたケンカなら買ってやるぜ的な意訳に書き直した戦国歴史ものの月刊漫画誌がありまして、家康も兼続もバリバリのヤンキー口調で喋ってて、特に例の直江状の文面が思い切り不良のカマシ言葉口調で書かれていてそれを読む家康がヤンキーがキレるみたいに反応するのが面白くて、いやー解釈って面白いもんだなあと感心してしまいました。
    個人的に三成が西軍に味方させるために諸大名の屋敷にいる奥方連中を人質に取ったことは人心掌握術として失敗だったと思います。
    細川ガラシャが自害したことで有名ですが、他にも豊臣方の家臣を垂らし込んで味方に引き入れた家康のマメな心配りなど、老獪さにしてやられた部分も大きい。
    ところで大谷刑部が津田寛治で出るようですが、前田慶次はいつ出るんでしょうかねえ。
    待ちきれなくてコンビニで花の慶次の単行本買っちゃいましたよ、私は。
    まさか最後まで出ないってことかなあ・・・。

  2. 世寡虫 | URL | dKmeQNGg

    Re: 景勝さん教えてちょんまげ

    こんにちは。
    いやいや、伊達政宗南下説も有りだと思いますよ。家康追撃をあきらめた上杉軍は伊達、最上に攻め込んでいるわけですから、以前より油断ならない相手だと思っていたことは確かですね。
    私はもう一つの理由として、景勝と兼続の立場の違いが、領国を取るか天下を目指すかの判断を分けたのではないかと思っています。
    極めて優秀な人物であっても、三成も兼続もあくまで二番手であり、景勝のようなトップではありません。
    トップは何が何でも自分の領地を守らねばならないといった非常に強い使命感があったと思います。
    いずれにせよ景勝は天下よりも会津、もしくは奥州の征服を考えていたのかもしれませんね。
    ここ一番という場面で、初めて兼続にNOをつきつける景勝、上杉ここにあり!って感じでシビレます(腐女子か)

    家康が、“天下を取るための戦”という本音を隠して、”秀頼様をお守りするため”という大義を打ち立て、ジワジワと前田、上杉などを追い詰め、豊臣恩顧の大名連中を見方につけるそのやり方は、見事なくらいです。
    三成はどちらかと言うと正直者タイプの人だったようですから、家康の狡猾さには心底腹が立ったでしょうね(笑)
    細川ガラシャの“ガラシャ”って何なんだと昔から思っていたのですが、クリスチャンネームらしいですね。
    いわずもがなですが、名前は珠、明智光秀の娘ですよね。(これは神に愛されなかった男という単発ドラマで知りました)
    「明智光秀~神に愛されなかった男」で唐沢(光秀)の奥さん(熙子)がまさみちゃんでしたよね。
    この二人なかなかいいコンビだったと思います。
    前田慶次(郎)はですね、ちょっと前まではNHK新潟の天地人HPの人物関係図に確かに名前がありました。
    それがいつの間にか消えてるんですよね。今の段階で未定と言うことは前田慶次は出ない、つまり長谷堂城の戦いも省略ってことになるのかも・・・・・・?

  3. バグ | URL | -

    Re: いつの世も女あっての男です。

    こんにちは。
    そうそう、まさに伊達と最上の挟撃を恐れていたとしか思えない攻め込みをやってますもんね。
    それから仰るように、兼続はあくまで家老であり当主は景勝ですから立場を考えれば領地を死守する方を優先させるのが当然でしょうね。
    考えてみれば、景勝は跡目争いで影虎を追い落とし越後を平定するまで年数を相当費やしてますから領地を守り抜くということの大変さを知っている。
    そして伊達政宗ですけど、徳川と組んで欧州の覇権を狙っていたばかりでなく実は天下取りの野望も狙っていた。
    豊臣滅亡後、家康の最大の気がかりは伊達の謀反で大変気にしていたといいます。
    伊達は最終的には恭順の意を示し天下取りの夢は消えたわけですが、それでも家康は疑心暗鬼だったといいますから相当なもんですが、それから250年後に徳川に叛旗を翻したのは家康が心配していた伊達ではなく、毛利の流れを汲む長州藩だったというのが皮肉ですねえ。
    それから仰るようにガラシャは洗礼名ですね。
    本名は玉です。大変な美人だったらしく細川忠興は光秀謀反で謀反人の娘を嫁にしていては家が潰されると殺せという親父さんの意見に拒み続け、玉を人里はなれた山屋へ従者と一緒に隔離させてまで玉の美しさにメロメロだったといいますよ。男という生き物はしょうがないなあ。
    長澤まさみちゃんにメロメロな理由がよくわかる逸話ですよね(苦笑。
    でも細川忠興はそれほど恋焦がれていた玉が幽閉中、実は側女と浮気してたんですよ、まあ武士の世ですから嫡子のこともあるんで忠興が間違いってるとは言い難いんですけど、男という生き物はしょうがないなあ・・・(苦笑。

  4. 世寡虫 | URL | dKmeQNGg

    Re: 兼続に軍配

    こんばんは。
    つい今しがた、録画した天地人を見終わったところです。
    どうなんでしょう、今回の景勝の葛藤ぶり。
    「上杉の義に背いて天下をとっても、いずれ天は我等を見放すであろう」
    のるかそるかの一大事でも、まだ景勝は抽象的な理想論に拘っていましたね。
    それに対し兼続の方は、具体的で説得力の有る主張だったと思います。
    景勝が口下手なせいもあるのでしょうが、それでも私は兼続の方に軍配を上げたいと思いました。

    明智の娘タマちゃんが美しいのは当然です。
    だって母親が長澤まさみですもんね。
    いつか大河ドラマで細川ガラシャやりませんかねぇ、まさみちゃん主演で。
    光秀もまだ大河でやってないようですから、熙子役でもいいんですけど。
    二人とも悲しい最期を遂げるので、そこはちょっとどうかな?と、ひっかかるところではあります。
    いずれにせよ、順調に行けば数年後には大河の主役を務めることになるでしょうね???
    お書きになっていた細川親子もドラマが1本書けるくらい多くのエピソードを残したみたいですね。
    黒田親子、真田親子、島津親子など数奇な運命を辿る親子鷹は枚挙にいとまがありませんが、激動の人生を送るって後世からみると面白いですが、当の本人はどんな気持ちで生きてきたのでしょうね。

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