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わが家の歴史

2010年04月13日 22:14

「わが家の歴史」なんですが、当然全部視聴しましたよ。

期待してた以上に面白かったですね、私は。

あんまり良かったので、何から書いていったらいいのか迷っています。

「柴咲コウと炭坑節」 「佐藤浩市と財前五郎」 「長澤まさみとナターシャ」 「堀北真希と遠藤周作」

他にも書きたいことがたくさんあります。

全部書くかもしれませんが、書かないかもしれません。

でも、それだけ私が「わが家の歴史」にのめり込んだということは確かです。

まぁ少しずつ書いていきましょうか。

今日は準備運動ということで・・・


            wagayano018.jpg
              好きよ、道明寺

            wagayano068.jpg
              ナターシャ、しっかりするんだ!
              東先生はたしか呼吸器外科でしたよね?
              私の見立てだと結核じゃないかと思うんだ
              おにいちゃん呼んで下さい

            imoutoodajo1.jpg
              お前いつからそんな女になったんだ!
              そんなことより、早くストレプトマイシン打ってちょうだい!



コメント

  1. バグ版、バグ家の歴史御妾外伝 | URL | -

    Re: わが家の歴史

    いい反応が多い中で、結局2号さんの家庭が資産家に依存しておいしい思いをしてるだけなのに葬式に呼ばれないのを文句言うのは引くとか妾の分際でとか若い人のブログにそういうのがあるのが目に付きました。
    御妾さんについてこうも否定的に捉える意見がでるのがちょっとなあ・・・と思いましたねぇ。

    いきなりすみません。いや、2号さんを肯定してるわけじゃないですよ。
    私に鬼塚ほどの甲斐性があれば妾のひとりやふたりくらいなんてとてもいえませんが、私の地元でも結構こういう話はありました。
    子供の頃、近所にはかならず門構えがいかめしくグルリと邸宅を囲んで覗くと広い池のある庭が見えるでかい家があって私らはその家の子を坊ちゃんと呼んでよく家に遊びに行きました。

    豆から挽いたコーヒーを一番最初に飲んだのも、誕生会でチーズフォンデューを食べたのも坊ちゃんの家でした。
    坊ちゃんの弟が腹違いだったと聞いたのは高校生になって、弟だけ公立中学へ入らせたのは本妻の子じゃないからということを家の両親がふと洩らしたのを聞いたことです。つまり御妾さんの子だったわけです。

    まあでも坊ちゃんと弟は別にいがみあうこともなく私らと普通に接していました。
    私もそんなことは気にするでもなく忘れていきました。
    本妻さんが亡くなってお通夜のとき、焼香に坊ちゃんの家に行ったら、かいがいしくお酒や食事を運んでいるご婦人がいて、それが御妾さんだと後で家のお袋が耳打ちしてくれました。

    そのご婦人は確かに幼い弟さんとよく寄り添っていて私はずっと子守りの家政婦さんだとばかり思っていた馴染みの人でした。
    八女家のような本妻と妾というキッチリした区分けはないけど、確かにそういう大人の事情は身近にありました。

    なので昭和の歴史に疎いとはいえ、今の若い子の物知らずにはちょっとなァ~と考えてしまうのでした。
    本編の感想についてはまさみちゃんと同様に世寡虫さんの記事上げに応じてまた書かせていただきます。ほなまた。

  2. 世寡虫 | URL | dKmeQNGg

    Re: 分というものがあったんでしょうね

    こんばんは。

    いい文読ませてもらいました。(いつも良いですが)

    ドラマの政子の生き方については、もちろんいろんな意見があるでしょうが、善いとか悪いとかではないですよね。
    記事の中でおいおい書いていくつもりですが、お妾さんとしての政子は善く生きた方だと思いますよ。
    分を弁えていたというか、日陰の身であることを柴咲コウは上手く表現していたと私は評価してるんですがね。

    高度成長著しい頃は、なにぶん子供でしたから、体感したという思いはありません。
    だからドラマを見ても懐かしいという気持ちは起きませんでした。
    あの時代をひたむきに生きた家族の姿に、ただ感動したのです。
    当時多くの名もない人々が、時代に翻弄されながらもしぶとく生き抜いた、その事実を見せてくれた「わが家の歴史」は評価されてもいいドラマだと思うんですがねぇ。
    また思いついたことを書いていきます。
    ありがとうございました。


  3. 見る目を持たない人たちの氾濫も大きいですね。 | URL | -

    Re: わが家の歴史

    こんばんは、世寡中さん。

    >ドラマの政子の生き方については、もちろんいろんな意見があるでしょうが、善いとか悪いとかではないですよね。

    そうですよね。戦後ですからね。こういう話もあったようです。
    赤紙一枚で召集された新婚の若夫婦の旦那さんが長男で戦争にとられたら、家が絶えるというので戦地にいって戦死したときのために次男と改めて婚姻を結ばせて家を継がせたら、戦後死んだと思っていた長男が生きて帰ってきて自分の弟と妻が結婚していたのを知って驚いたなんて笑えない話がね。

    これを今の若い子らならなんて呼ぶか、おそらくお嫁さんは”ビッチ”ですよ。
    つまり、時代背景もなにも関係なく行為だけを非難する、自己責任という名の集団リンチを気分でやるわけです。
    もちろんそれはたぶんにネタとしてやっている場合もあるでしょうが、それにしても短絡的というか物を見ようという目が曇っているのかどっちかですよ。

    脚本家にとってやりにくい時代になっちゃっいましたね。
    まあ脚本家の質にも問題があるんでしょうけどね。

  4. 世寡虫 | URL | dKmeQNGg

    Re: 当然アバズレでもありません

    バグさんこんにちは。

    話は違いますが、昔、父親が娘を紹介する時に、「不束な娘ですが」と言うところを、「ふしだらな娘ですが」とやってしまったそうです。
    援交とかいう言葉を耳にする昨今、決して笑えない話かもしれません。

    自己責任、説明責任・・・、嫌だ嫌だ、自分が無責任人間であるせいか、とても耳障りですね。
    おまえら欧米か!?と言いたい気分です。
    そんな言葉を使わなかった昭和の人達の方が、現在の我々よりはるかに責任感が強かったと思います。
    あの時代が決していい時代ではなかったということは、普通に常識があればわかると思うんですがねぇ。
    昭和レトロの作品だとしか思えない、あるいは現在のモラルや常識と比較してしか判断できない、想像力の欠けた人間が増えてきているのは残念ですね。




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