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二中さんのおかげでした

2015年06月19日 23:40

今回はアンコンレビューを書くにあたっての、筆慣らしというか頭慣らしというか、そんな意味合いで書いた。


若き日のモーツァルトが作った実用的な教会音楽も好きだが、やはり後年ウイーンで作曲された大規模なミサ曲に較べるとどうしても見劣りする。

かつて執拗なまでにモーツァルトに拘ったアンコン予想を諦め、最近は心の赴くままミサ曲を含めた歌曲全般を聴いている。

そんな中改めて感動したのがミサ曲Kv427のKyrie。

「AMADEUS」で、サリエリがモーツァルトの才能を目の当たりにして絶望するシーンで使われた曲だから耳にした人も多いだろう。

「AMADEUS」を初めて観たのはたしか20代半ばくらいだったか、初めて買ったビデオデッキでレンタルしたVHSを観た。

当時、16万という大枚はたいて買ったのはHi-Fiが謳い文句の三菱製ビデオデッキ(マドンナがCMしてたやつ)だったのだが、テレビの方はまだモノラルだったためステレオで鑑賞することが出来ず、しかたなくヘッドフォンをデッキにつなげて鑑賞することが多かった。

「AMADEUS」もそうやって鑑賞したわけだが、初っ端の交響曲第25番に度肝を抜かれたことをよく覚えている。

映画ってこんないい音で録音されていたのか!

なんて素晴らしい音楽なんだ!

私がモーツァルトを本格的に聴いてみようと思ったのはこれがきっかけである。

もちろんサントラ盤も買い、いや、レンタルCDだったかな? とにかく暇さえあれば聴いていた。

といっても聴いたのは交響曲、協奏曲などが中心で、宗教曲やオペラなどの歌曲には関心が向かなかった。

作品が長大であること、また歌曲の意味が不明なまま聴いても面白くないと考えて器楽曲中心になってしまったのかもしれない。

しかしその歌曲こそがモーツァルトの真骨頂であると思い始めたのはいつ頃からだろうか?

ミサ曲を聴き始めたきっかけは、恥ずかしながら、これはもう郡山二中合唱部のおかげというほかなく、二中のモーツァルトを耳にしなかったら、我が人生、KyrieともAgnusDeiとも無縁な一生を送っていたに違いない。

それが今じゃCredo以外はなんとかわかるようになったのだから私も大したものである。(笑)

(Credoだけはいくら頑張っても覚えきれない)

仏教徒である私にはKyrieもへったくれもないはずなのに、本当に二中さまさま、キャシーさまさまだと感謝している。


というわけで、なんとか二中に繋がったので今日はこの辺で。

中途半端でごめんなさい。


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