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郡山二中レビュー

2015年09月09日 21:22

2回分の記事を一つにまとめたので、眠たくなるほど長文になっている。

読んでる最中、朦朧となってくるかもしれないが、眠気を催すほど私の文章が退屈、じゃなかった、心地良かったということにしておいていただきたい。


【二中からの最高のプレゼント】

待ってました!横綱の登場だ。

心なしか画面がカクカクして見えるのは、回線が混み始めたせいか?

この貧弱なネット中継はなんとかならんかNHK、なぜハイビジョン対応にしない? 毎年そう思う。

そうすれば二中はより美しく見え、五中はより美しく聴こえるはずだ。


チーム二中の立ち姿が年々美しくなっていると思うのは私だけだろうか?

脚をガバッとひらいて歌う合唱団が多い中、この美しさは金賞に値する。

中には片足をちょっと前にずらす子もいたりして、君は女子アナか!とツッコミを入れたくなる。(笑)


「知らないという~言葉の意味間違えていたんだ~♪」

主旋律を歌う美しいソプラノにグッと惹きつけられた。(声です)

男声が旋律を引き継ぐと今度はソプラノが天使の声で高音を紡ぎ始める。

まったくソプラノフェチにはこたえられない曲だ。(笑)

上手いにも程があるとはこのことか。

30秒聴いて私は確信した。

金賞確実、全国進出一校目確定。

今年の二中は磐石どころか絶対的安泰である。

気づいたら目頭が熱くなっていた。

「知らないことは怖いから♪」

もう安心、ここからは目の保養タイムである。(笑)

詳しくは書かないが、まっさんエリーもロングトールサリーも白雪姫も、元気な姿を見せてくれている。

それにしてもカメラマン、何の意図があって10秒もアルトをアップし続けるという行為に及んだのだろう?

なにも特定個人を撮影するなと文句を言ってるのではない、その審美眼と素晴らしいカメラアングルに心から拍手を送りたいと思ったのだ。

カメラワークについて言えば、これはもう全国大会よりブロック大会の方が断然良い。

私が個人的に映して欲しいと願った子にドンピシャでレンズが向けられるのは、何かそこに作為すら感じてしまう。

思うに、学校関係者が主催者に、部長は前列何番目で歌いますとか、MMK(モテてモテて困る)の子はどこそこに立って歌いますとか、事前打ち合わせでもしているのか?(笑)

あるいは調整室のディレクターが自分の興味本位でカメラマンに指示を出し、「はい2カメさん、上段左から○番目に寄って~!」とかやってるのかもしれない。

毎年毎年本当に東北ブロックのカメラワークには感心させられる。


演奏の素晴らしさは別にして、今年は実にいい表情で歌っているという印象がある。

特に主力級と思われるメンバーの自信あふれた歌い方は、見ていてとても心強い。

「怖めず臆せず」なのか、それとも「揺るぎない自信」なのか、いずれにせよ歌への共感、歌うことの喜びが部員の表情からひしひしと伝わってくる。

そして当然それは演奏にも反映され、見る者聴く者に深い感動を与えるのである。

特にNコンでは表情も大切とは聞いていたが、今回その本当の意味がわかったような気がした。

私はこれまで二中合唱部が大袈裟な身振りやわざとらしい不自然な顔をしないことを良しとすると書いてきた。

それはそれで間違いないし今でもそう思っているが、演者自身の迸る情熱や抑えがたい感情が身振り手振り表情に表れるのも、ごくごく自然なことであると改めて気付かされた思いがする。

特筆すべきは、二中のそれはどこまでも自然体であり、決して落ち着きのない、ざわついた合唱にならず、見る者を不快にさせないということである。

笑顔で指揮するマエストロの教えがまたひとつ花開いたようだ。


目頭を熱くしながら聴き進めていた私も、間奏終わりソプラノの「アーアーアーアーア♪」では目頭を押さえる有様。

ヴィヴァルディの最終章で聴いた、冴えたソプラノがアルプスのこだまのように「アーアーアーアーアーアーアー♪」と音階を駆け上がる場面が思い出されたのである。

そして「いま君のいる世界が辛くて泣きそうでも~♪」では我慢の限界、とうとう堪え切れず落涙してしまった。

この程度の歌詞で涙するほど私はヤワじゃないし、だいいちそんな感性も持ち合わせていない。

二中が悪い、二中の美しすぎる合唱パフォーマンスが涙腺を刺激したのだ。

確信犯による犯罪的に美しい合唱である。

「ひとりぼっちになって気付いた♪」

ここの歌い方は非常に重要であると私は考えている。

昨年「桜の季節」で鶴二が一枚上手と思ったのが、これから盛り上がろうとする「あーあー♪」と、「これからたくさんのー♪」で弾ける部分。

郡山二中はクセがない分きれいに聴こえたが、反面パンチ力に欠けたという印象もある。

東北ブロックを聴いた限りでは、メリハリは十分付けられていると感じたが・・・

素人がいい加減なことをいうのはよそう。

「ひとりぼっちにさせないから大丈夫だよ♪」

コンタクトに変えた学級委員長みたいなソプラノの子も笑顔がいい。(私よく見てるんです)

この子なら本当に誰かを救ってくれそうだ。(笑)


「強ーくなりーたいー♪」

アルトの「つ・よ・く♪」はあくまで強く、そして優しく繊細な二中トーンで「なりーたいー♪」と締めくくる。

この変化に私は感激しすぎて腰が抜けそうになった。

ここも大事なポイントで、他校はもっと劇的な「強くなりたい♪」に仕上げてくるかもしれない。

全般的に、今年は例年以上にメリハリをつけて演奏しているというふうに私は解釈した。

ハーモニーの透明感に歌の表情まで加わったらもう怖いものはない。

鬼に金棒、二中に金賞間違いなしだ。

楽曲自体が名曲なのか、それとも二中が名曲に変えたのかわからなくなってきた。

言えることはこの楽曲でも十分痺れるような感動が味わえるということ。

今回のブロック大会で初めて聴いた「プレゼント」という曲、押韻の関係かもしれない、A母音とO母音が多いように感じる。

人生のことー
起きるからー
思っていたけれどー
気付いたんだー
楽しみにしながらー
良いんだー
忘れちゃうからー

あーあーあーあーあー

いま君のいる世界がー
辛くて泣きそうでもー
気付いた本当はー
大切なー
いるんだってことがー
ひとりぼっちにさせないからー
大丈夫だよー


毎度毎度愚見を書いて恥ずかしいのだが、A母音は高音と相性が良く女声の美しさがより引き立つように思われ、だからこの曲は二中にうってつけというのが私の考えである。

母音云々はおいといても二中女声の美しさはやはり格別だ。

分厚い男声低音に支えられた正確無比なアルトとソプラノの華やかさは例えようのない美しさがあり、三者の強固なスクラムこそが二中混声合唱を次元の高いものにしているのだろう。


男声といえば、めったに男子の顔は見ないこの私が(笑)、なぜか眼鏡男子が多いことに気がいってしまい人数を数えてみた。

女子のご尊顔なら一目見ただけで脳裏に焼き付く私も、男子は皆同じ顔に見えてしまう。

そういえば今年は男声15人体制だった。(自由曲は16人)

それだけ女声陣が充実している証かもしれないと、ここはいいように解釈しておきたい。

さて眼鏡男子である。

どれもこれも皆同じような眼鏡かけて同じような髪型をしているから全然区別がつかない。

その中でも特に3人は顔までそっくりさんなんで驚いた。

もしかしてこの合唱部には三つ子が在籍しているのか?

似たような声質だろうから断然有利になりそうだが。

もしこれが女子生徒だったら、興味津々ただちに画面をキャプチャーして拡大、顔の作りからスタイルまで事細かに調べるところだが、男子はちょっと・・・。(笑)



【どんぐりというよりも、キョロちゃんって感じ】

「どんぐりの頭はなぜとがっている♪」

知るかっ!

そんなことより、どんぐりみたいな女の子が一生懸命歌っている姿に感動した。

いい表情で歌ってるので「どんぐりちゃん」と命名しようかと思ったくらいである。

でもどんぐりじゃズングリムックリした感じがするし、スリムな彼女に似合わない。

森永チョコボールの、なんて言ったかなあの九官鳥みたいなやつ、キョロちゃん?

キョロちゃんはその歌いっぷりで主力部員だとわかる。

ぜひ来年ソロを聴かせて欲しいものだ。


さてこの「どんぐりのコマ」、大昔にこの曲を歌ったはずなのだが、久しぶりに聴いてみて超がつくほど難しい曲だと改めて実感させられた。

その他大勢の木っ端部員だったとはいえ、大会に出場したのだから、当時は私もそれなりに歌えていたのだろう。

高校生でも難曲なのに、よく中学生が歌いこなせるものだと、二中の凄まじい実力を見せつけられた思いがした。

さらに二中はその超絶合唱を持って人を感動させるのだから、これはもう驚異的というしかない。

不協和音が生む神秘性を中学生がここまで表現するのだから恐れ入る。

昔の高校生より今の二中の方がはるかに上手い。

段違いというか、格が全然違うようだ。


この曲はソプラノだけでなく、アルトの職人技も楽しめるのがいい。

アルトはもっと歌詞を滑舌よく歌えと、顧問から厳しく指導されていたのを思い出す。

音楽室の裏でアルトが口を尖らせて「樫の木みんな小さなどんぐりとんがり頭の小さなどんぐり」ってやってたなぁ。

ソプラノもひたすら頭のテッペンから高い声を出す練習に勤しんでいたという記憶があるが、では自分は何をやっていたかとなると、まるで覚えてないのだから情けない。

たぶん今夜も練習で遅くなるだろうから、ソプラノの○○さんを家まで送っていこうとか、ろくでもないことしか考えてなかった気がする。

あの頃は意味もわからず歌っていた、というより正直歌わされていたという感じだったが、その点二中は偉い。

今年の二中には例年とは違う何かがあるように思うのだ。

自主性とか積極性といった単純なものでもなければ、曲への共感、歌う喜びとも言い切れない何かを感じる。

部員をよく観察すると、時々腕がピクッと動くのがわかる。

最初見た時はリズムをとってるのか思ったが、あの痙攣のような動きかたは普通ではない。

ハーモニーの力みたいなもの、自分たちで作りあげたハーモニーに自分たち自身が突き上げられるような感覚、もっと言うと、たくさんの振り子も最後には同期するような感じ、なにかそういったものを演奏中に感じたのではないか。

(バカの考えることですから真剣にとらないでいただきたい)

不協和音が決まった瞬間、教室の窓ガラスが鳴るという話を合唱関係者から聞いたことがある。

それに似た現象がステージ上で起こったのではないかと、私はモニター越しに想像した。

そう思わせるほど今年の二中の集中力は凄まじく、取り憑かれたように歌っていたと表現しても大袈裟ではあるまい。

取り憑かれるということはそれだけのめり込んだという証拠だから、何かを掴み、人を感動させる深い表現力を身につけたのだろう。

自由曲を歌い終えステージ袖に引き上げた時、演奏を無事終えた安堵とともに、達成感とは違う何かが胸にこみ上げ、何人かは涙を流していたのではないだろうか。

そんな想像をしながら、私も涙を拭った。



へたの横好き長談義、長々としまりのない文を書き散らしてしまったが、言いたいことはただ一つ。

「今年の二中は一味違う」

ここ数年東北ブロックを注視してきた私も、今年ほど感激したコンクールはない。

曲の魅力だけでなく、部員の熱い思いが例年になく伝わってくる大会だった。

そうなれば成績など二の次三の次、目標とする先輩たちの演奏を上回っているのは明らかだから、あとは思う存分歌うだけ。

自ずと成績はついて来るだろうし、万が一にも不本意な結果が出たとしても、これだけ歌えたのだから後悔はないだろう。

今回仮に二中が東北ブロックで終わっていたとしても、私はこの演奏で十分満足できる。

ただそれは無責任な外野が思うことで、全国大会では更に磨きをかけてくるに違いない。

めぐりあい、手紙、YELL、アイラヴ、証、fight、友、桜の季節、プレゼント。

今回で9年連続全国出場。

二中にとってもまた私にとっても、第82回Nコンが、曲名通りまたとない最高のプレゼントになるよう祈っている。





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