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となりの男子くん

2015年10月03日 22:12

めったに男声を意識して聴くことのない私も、今回だけはしっかり聴いてみた。

男子は皆同じに顔に見えるから、誰と誰が何年生だとかさっぱりわからない。

おまけに男子部員の多くは運動部と掛け持ちしているというから、中途採用、違うな、中途入部の生徒も多いのだろう。

だから私は、たぶん去年オンステしていたみたいだから3年生に違いないと勝手に決めつけている。

改めて男声に耳を傾けてみると、学校学校でずいぶん声質や発声の仕方が違うもんだなぁと、当たり前のことを今更ながら気付かされた。

二中と五中でも全然違う。

というよりも、五中と比べるからその違いがより明瞭になるのかもしれない。

二中男声は女声同様明るい声質で、やはりこれは郡山二中の伝統、個性なのだろう。

課題曲の歌い出しはどこか元気がないようにも感じたが、徐々にエンジンがかかってくるのがわかる。

最初に感心したのは、「ひとりぼっちになりたくない ここにいてよ♪」の部分。

カメラがアルトをとらえる場面だ。

ここの音階を下っていく男声バスは素晴らしい。

編曲のセンスが光るメロディアスなベースラインを、バスは軽快にそして確実に進む。

BEATLES「All My Loving」の出だしで弾かれる、ポールマッカトニーの下降ベースラインを思い出した。

ベースギターの大事な役目はリズムを刻むことと言われるが、二中バスも裏拍をシッカリ意識した歌い方で、確実にその役目を果たしていたと思う。

五中バスはあくまで女声を支え引き立てるために存在し、バスという伴奏楽器に徹している印象だが、二中の場合、同じ女声を支えるにしても、同時に彼等自身も存在を主張しているように聴こえた。

そのあたりがバランスよく聴こえる理由なのかもしれない。

私だったら五中と同じように「男子は女声に花を持たせるつもりで歌いなさい。でしゃばりは許しません」と指導するかもしれないが、幸いなことに二中男子諸君は陽のあたる場所を確保出来ている。

2番の「人生のこと~」以降は、まったく女声と対等に歌っているのがいかにも二中らしい。

ソプラノの天使の声を決して邪魔せず、それでいてアルトとともに確実に旋律を支える男声は、実に頼もしい存在である。

混声合唱は女声がメインで男声は刺身のツマみたいな感じがどうしてもつきまとう。(私だけか)

昔の経験を話すと、当時は広島の崇徳高校という男声合唱団が中国地区最大のライバルだった。

地を這うような低音とは違うかもしれないが、男声独特の、厳しさを秘めたたじろぐような低音だったように思う。

レベルの高い学校だったからこそ、その声には厳しさがあったのかもしれない。

それ以降私はすっかり骨抜きにされてしまい、合唱は女声か混声に限ると思うようになった。

そしてそれは今も変わらない。(いいのか悪いのかわからないけど)

中学生の男声と高校生の男声とでは、迫力がまったく違う。

名門二中とはいえ、さすがにまだ大人になりきっていない声だから私も安心して聴けるのかもしれない。

今後二中が、五中のように女声合唱もやるとしたら、私は諸手を上げて賛成するが、万が一男声合唱で勝負するなんてことになったら、その時点で私は二中と決別するだろう。(笑)

混声合唱は女声メインであって欲しいという気持ちは変わらない。

しかしそのためにも女声を引き立たせる男声の存在は絶対不可欠である。

ソプラノ、アルト、バスそれぞれが、バランスよく互いを尊重しあって歌うからこそ、二中混声合唱には華もあり、輝きもあり、自由闊達な印象を受けるのかもしれない。

最後に、男子の立ち姿が美しかったことも褒めておきたい。

ガバッと仁王立ちスタイルで歌う男子が多い中、今年の面々はきちんと足を揃え姿勢よく歌っていたのが好印象だった。

声の美しさ、顔の美しさとともに、歌う姿もとても印象に残るもの。

拍手を送りたい。

全国大会では、二中ここにありと、全身オーラを漲らせてくれると信じている。


「どんぐり」を歌う男声についても書こうと思ったが、蕁麻疹が出てきたのでここいらで止めておく。

やっぱり慣れないことはするもんじゃない。(笑)





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