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銀賞というプレゼント

2015年10月17日 20:33

中学校の部は順当な審査結果だったように思う。

鶴川二中がブロックコンクールより格段に進歩していたのには驚かされた。

鶴二を聴くまでは二中と五中で金銀独占間違いなしと確信していた私も、演奏が始まるとその自信も少し揺らいだ。

声量があって非常にダイナミック、メリハリがあって聴き手の気をそらさない演奏は、昨年同様、見事という他ない。

彼等の思いのこもった歌声は、聴衆に訴える、伝えるという意味でも、非常に好感の持てるものだった。

私には嫌悪感しかない自由曲「八月六日」も、多くの人にはそのパフォーマンスとともに中学生なりの平和思想が伝わったのではないかと思う。

この学校は本当に聴衆に訴えることが上手い。

近年のNコンにおける好成績も、コンクールの趣旨を考えると至極妥当な評価であると私は思っている。

しかし表彰式での「金賞受賞には自信があった」コメントには驚いた。

二中を蹴落としといて、なんちゅうことを抜かすか!

ぶん殴ってやりたくなったが(笑)、この強気な姿勢こそが持てる力を100%、いやそれ以上に発揮させ、自信に満ちた堂々とした演奏に繋がったのだろう。

郡山の二校とは音楽観からしてまったく違うように感じたが、バラエティーに富んだ学校が競い合うNコンにはその方がいい。

結果、二中は第二位、銀賞となったわけだが、私個人は今でも二中が金賞だと思っている。

インパクトが強く、記憶に強く残る演奏をしたという点でみれば、たしかに鶴二に軍配が上がるのは理解できる。

事実私自身そう思ったのだから。

しかし私は、美しい声や響き(ついでに美しい姿も入れておこう)の方により心奪われる。

私は「鼻につく合唱」が苦手だ。

鼻につくとは、声を張り上げたり、これみよがしのパフォーマンスをするという意味である。

わざとらしい表情、表現もそれに含まれる。

そこに、けれんみ、あざとさを感じるからだ。

全国大会の上位三校、鶴二、二中、五中を繰り返し聴いてみて思ったのは、鶴二は全体としてのまとまりが非常に優れており、この一致団結感のようなものが、学校音楽コンクールとして評価した時には最大の武器となり、聴衆もまたそれに惹きつけられるのではないかということである。

一方二中や五中はどうかというと、声の統一感という点ではずば抜けているが、一致団結というのとは少し趣が違うような気がするのである。

そのせいか私は、二中五中はソプラノ、アルト、バス各パートの声だけを聴いてみたいが、鶴二にはまったく思わない。

鶴二の各パートの声に魅力がないという意味ではない。

私の印象では鶴二の歌声は、いかにも中学生が歌ってますという、ある意味中学生合唱の見本のようであり、対して二中五中は、中学生なんだけれどもその歌声は鍛え上げられた超中学級のように聴こえてくる。

それは良い悪いではなく、各校の個性なのだと私は理解している。

私は二中五中の演奏を聴くたび、一体いつ誰がこんな超絶合唱を始めたのか問いたくなる。

統一感ある合唱はもちろん、その元となる各パートの声も、それを構成する部員ひとりひとりの声にだって際立ったものがあるに違いない。

そう思わせるところが二中五中の魅力であり、ひいては郡山の圧倒的存在感に繋がるのではと考えている。


これから微に入り細に入り、手取り足取りいろんなとこ取って書いていこうと思うが、お前のレビューは長すぎるとクレームがあったので次回にまわそうと思う。

先日、全国大会終了後はいやになるほど書きまくってやると宣言したばかりだがあれは撤回したい。

さすがに疲れた。

二中に憑かれたのが疲れたのだ。

全国1234校中の第2位である。

惜しいといえば惜しいが輝かしい成績であることは間違いない。

金ではなかったものの、その演奏は十分すぎるくらい私を感動させてくれた。

別に何したというわけではないのに、私自身が妙な達成感を覚えてしまって、安堵感からか拍子抜けした状態になっている。

しばし目の保養をして元気を取り戻すつもりだ。(笑)




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