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「美しき青きドナウ」を歌う「美しく賢き二中」

2016年05月29日 11:40

絶対ありえない話だということはわかった上で妄想してみる。

「美しき青きドナウ」がオーストリアの非公式の国歌と呼ばれているのは有名だ。

男声合唱団向けに作られたこの曲が初演ではすこぶる不評だったいう話は、実際のところよくわかってないらしい。

もちろんドイツ語で歌われているわけだが、訳詞を読むと、我々がよく耳にする「遥かに涯なくドナウの水はゆく」とは全くと言っていいほどニュアンスも言葉も違っている。

それゆえ私は、「An der schonen blauen Donau」と堀内敬三の「美しき碧きドナウ」は別物だと思っていて、日本人が無理して原語で歌う必要はさらさらないと考えている。

もしこの日本語訳を、古色蒼然として全然リズムに合わないと思う人がいるとすれば、たぶんその人は「仰げば尊し」も「蛍の光」も意味不明のまま歌うタイプの人なのだろう。

少なくとも合唱好きにはそんな人はいないだろうから、格調高い日本語を十分味わえるに違いない。

それにしても良い曲だ。

遥かに~♪  遥かに♪
涯なく~♪  涯なく♪
ドナウの~♪ ドナウの♪
水はゆ~く♪ 水ゆく♪

中学生がこれほど明るく清らかに、羽根のごとく軽やかに歌えるものなのか!

根城中の女声高音の美しさは比類ない。

女声低音の、遥かに~涯なく~ドナウの~水はゆく~♪は、私が聴く限り、ドナウの中流あたりの風景を歌っているようなイメージだ。

ここをゆっくり歌うとドナウ下流域のイメージで、私は悠々と流れる大河を連想する。

これが男声合唱だとその低音と相まって決まってドナウ下流が思い浮かぶのだが、女声合唱だと歌い方次第でどちらのイメージでも作り出せるように思う。

問題は混声で歌うとどんなイメージが出来上がるかということだ。

大丈夫、二中ならどちらのイメージでも作り出せるはず。

男声を控えめに女声優位で演奏すれば上流あるいは中流域になるし、力強い男声を加えればたちまち大河ドナウが出来上がる。

私は前から、一度二中の「ドナウ」を聴いてみたいと思っていたが、昨年の「プレゼント」の歌い出しを聴いて、二中しかないと確信に近いものを持ったのだった。

それは出だしの、知らないという~♪ の歌い方があまりに素晴らしかったからである。

特に「ら」の膨らませ方が秀逸で、言葉を輝かせ歌に艶をあたえる歌い方だった。

他校と聴き比べてみるといい、一目(耳)瞭然、決して大袈裟でないことがわかるから。

知らないという~♪ の輝きが、「ドナウ」の流麗さに相応しいと思ったのだ。

ワルツの軽やかさをいささかも崩すことなく、鮮やかに情景を歌い上げるには、輝きのある二中トーンが必要不可欠なのである。





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