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名古屋の女

いくら中学生合唱が好きでも、五中や二中の演奏だけを聴いてるわけではない。
先日も、久しぶりに春日八郎を聴いてみようと思いYouTubeにアクセス、数曲聴いたところで、少女の歌う「長崎の女」にぶつかった。

   

もうビックリ、めちゃくちゃ上手いじゃないか!
私はカラオケ採点のチャンピオンが歌う機械的歌唱がまったく性に合わず、すぐにチャンネルを変えてしまう男だが、この少女の歌う「長崎の女」には驚いた。
話は違うが、なぜかPCは「ひと」を「女」とは絶対変換してくれない。
Google日本語入力は大変使い勝手のいいソフトだが、「ながさきのひと」と打つと「長崎の人」としか変換しない。
もちろん一度「長崎の女」を覚えると次からは「な」と入力すれば「長崎の女」に変換してくれるのだが、つい指が「ながさきの」と入力してしまうと、もうダメなのである。
長崎の女、博多の女とか、「ひと」と読む例は数限りなくあるし、YouTubeにもそういうタイトルの動画はたくさんある。
それを認識しない、出来ないというのでは、いくらビッグデータとかAIとか言っても、所詮はこの程度かと思ってしまう。
本当にAIが機能するというのであれば、著作権法違反の違法動画なんかとっくにYouTubeから姿を消してるはずだが、そうならないということは、違法かどうか見分けられるだけの能力がないのだろう。
テレビ映像のアップロードなど誰が見てもすぐわかるのに。
もっとも本当にそれをやってしまうと、YouTubeそのものの魅力も半減してしまうからGoogleにとっては痛し痒しなのかもしれない。
話を戻すと、その少女(東亜樹さん まだティーンエイジャーでもないから東亜樹ちゃんというべきか)の歌をいくつか聴いて思ったことがあるので書いておきたい。
誰が聞いてもわかる非常に伸びがあってきれいな歌声である。
いわゆる懐メロと言われるジャンルの曲を歌う機会が多いせいかもしれないが、子供ながらにちゃんと鼻濁音で歌ってるところも感心する。
いつか記事で紹介した、濁音のみで歌う悪い歌手の一例としてあげた「葵と楓」とはエライ違いだ。
目指す路線が違うと言えばそれまでだが、同じ「高原列車が行く」を歌っても、こうも味わいが違うかというくらい桁違いの実力差である。
天分を認められじっくり育んできたからこそ、ここまで歌えるようになったのだろうが、それにしても天性の美声というのは凄い。
いくら天性の歌手とはいえ、この年代の子が歌の本当の意味を理解できるわけはなく、歌の味わいとか妙味など実感はないはずだ。
それなのに十分歌唱表現出来ているのは、歌詞のここの部分は悲しい気持ちでとか、ここの旋律は晴れやかに歌おうとか考え考え歌っているからだと思う。(もちろんそれだけでも十分凄いことである)
また親御さんからも歌詞の意味を教えてもらったり歌い方をアドヴァイスしてもらっているのだろう。
演者に実感がないから歌に味わいがないということにはならないが、この少女が心身ともに成長し人生経験を積めば今以上に情感を出せるはずである。
もちろん今だって心をこめて歌っていることは間違いなく、それは動画を見れば一目瞭然である。
だから私を含め多くの人の涙を誘う歌を聴かせられるのだ。
しかし私は思うのだ。
この年代の子は声そのものが財産で、歌の味とか情感はまだまだ出さなくてもいい、そんなものは大人になってから自然と出てくる。
中高年になった歌手が持ち歌を歌うと、若い頃よりいい味が出てきたとか評されるが、私はそれは大した評価ではないと思っている。
いい味が出てきた代わりに、若い頃の艶のある高音が失われていることが多いからだ。
中学生合唱を聴いていつも思うのが、十代にしか出せない汚れのない澄んだ声というものはそれだけで財産であるということだ。
五中の講評にあった、「課題曲のレベルに合わせて子どもっぽく歌ってほしいというのではなく、素材の旨味だけでも十分に上質でナチュラルな音楽が出来上がるのではないかと思いました」
私が考えても仕方ないことではあるが、この一文がどうしても頭から離れず私なりにずっと考えていた。
この少女の天性の美声と類まれな歌唱力を驚きとともに聴いているうち、ふと、審査員は五中の最大限の武器は、表現方法ではなく声そのものの魅力であると言いたかったのではないか、素材の旨味とは五中のみが持ち得る響きや音像(抜群の定位感とともに)であり、それを発揮させるだけで十分、楽曲に「味」を加える必要はない、そう言いたかったのではないか。
もし本当に十代にしか出せない声があるのだとすれば、コンクールで一番美しい声を響かせた五中だからこそ、もっと自然な(審査員のいうところの「見えてしまう」の逆)表現が良かったのではないかということである。
もちろんこれは私の勝手な思いつきだから、見当外れあるいは何を今更と笑われるかもしれない。
だから私は、五中の表現に大感激した自分の自己矛盾に悩んでしまうのである。


世寡虫
Posted by世寡虫

Comments 2

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2018/11/20 (Tue) 00:50 | EDIT | REPLY |   
世寡虫

世寡虫  

返信が遅れてしまい申し訳ありません。
貴重な地元情報、有り難く読ませていただきました。
その地方ならではの風習と言いますか習慣なのでしょうね。
ご投稿ありがとうございました。

2018/11/29 (Thu) 21:10 | EDIT | REPLY |   

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